今日、メンデルスゾーンのピアノトリオ、ニ短調の一楽章をハイテンションで一人で練習していた。
実は、生徒が来る少し前だったので、部屋の空気を入れ替えながらと思い、窓も少し開けて、廊下に通じる部屋のドアも開けて。外は雨だし、誰にも何も言われないので(!?)時々窓開けて弾いている。もちろん近所迷惑な話なので、ときどき、ちょっとだけ。(外は10度以下で長いこと開けていたら、フォルテピアノによくない)
ふと手を止めると、同じ音楽がヴァイオリンとチェロパートつきで、聞こえてくるのだ!
え、え、え、どこから聞こえてくるのか?
誰かがCDを聞いている。
このピアノの部屋を10年以上使っているが、こんなに聞こえてくる程の音量でクラシックを聞く隣人は知らない。
同じ曲の同じ楽章を?!
ふとみると、開けたドアの所に見知らぬおじさんが。。。。。。。!
‘Fantastic!’
と親指をあげてにこっと笑い、見てる。
‘Do you live here?’
と弾きながら聞き返すと、(そんなにしゃべれる余裕のある曲ではないので、とっさにこう聞いた)手振りで、いいから続けて、気にしないで続けなさい、という様子で部屋に戻っていってしまった。
この1年ほど、私の隣の部屋はホテルとして貸し出しているようで、週末などに毎回違う観光客らしき人が2、3人で泊まっている。そのおじさんもきっと短期滞在で来たのだろう。
そのうち生徒さんが来て、そのレッスン中にそのおじさんが外に出て行くのが聞こえた。
それにしても、旅行中にたまたまメンデルスゾーンのピアノトリオといういつも、誰でも聞くような曲ではなさそうな音楽を持って来ていて、ホテルと思っていたら隣の部屋からいきなりがーっとうるさい生のピアノが聞こえてきたら、その人もさぞかしびっくりしたことだろう。それもお気に入りの、曲が?おじさんもCDを聞いていて、私がたまたま同じところを弾き始めたのだろうか?!
こんな偶然があるなんて。。。。
同じ曲つながりという偶然から、そのおじさんともっとお話したかったが、レッスンの後私は次のレッスンに出て行って、今日は会えなかった。また明日も滞在していたら会いたい。
WORMでのコンサートは12月4日に無事終了。
今回のプログラムはお琴の後藤真起子さんとの再共演もあり、琴、フォルテピアノ、電子音楽、チェロ、バスクラリネット、そしてシンバルの即興演奏家という組み合わせ。
真起子さんとは5月に私達のデュオのために作曲された Anna Mikhailova の ‘Shogi. White dragon.’を再演。他には箏曲の「六段」を琴とフォルテピアノで二重奏してみたが、これが賛否両論。(以前にやったときもだったなあ。。。)音の響き的にはこの楽器の組み合わせはとてもきれいと思うのだが、日本の音楽は私にとって、とても難しい。日本人として恥ずかしいが、これは「てんとんしゃん〜」と声で唱えるところからちゃんと習わないといけないのだろう。「六段」という音楽がなかなかつぼを理解できないのだ。あとはピッチがピアノでは揺らせるテクニックはないのでお琴のよう、ではない。ピアノのドレミとは違って琴は微妙に違う音高になっていることもある。真起子さんは、「そのズレがいいのよ」と言ってくださるが。。。日本の音楽はわざとアンサンブルもずらし気味に弾いたり、自由でいいという。
尺八とフォルテピアノという作品を演奏させていただいた時にも、作曲家の言葉として、「きちんと合わせようとしないでください」と何度も言われた。
その日は他にベートーヴェンのソナタ作品49−2の一楽章を私がフォルテピアノで弾き、Gilius van Bergeijk氏のこの作品をもとにした電子音楽作品がテープで流された。「ピ、ポ、バ、ピ、ポ・・・・」音の高さが全く違うが、リズムはそのままで、宇宙から来た音みたいだった。
他に、シンバル演奏家は小型のシンバルに、ケーキのデコレーション(ピンクや白のお砂糖の粒?)や小さいアルファベットパスタを上から降らせて落として、そのサウンドで作られた不思議な世界は微妙な音のグラデーションだった。
そしてHuib Emmer作曲の出演者全員で演奏できる フランツ・リストの「灰色の雲」の編曲で幕を閉じた。ピアノソロの原曲よりも壮大な感じになっていた。
アバンギャルドに慣れているWORMのお客さんにとっては、とってもクラシックなものが聞けたプログラムであったが、クラシックばかり普段聞かれる方にとっては、ハテナ???もあったかもしれない。即興演奏や現代音楽、コンピューター音楽では「音楽」や「曲」というよりも、どんな材質から出る音、どんな波長の音、音そのものが本質的になってきて、自分もFACESでの活動などで即興に触れる機会も増えてきたこの2、3年、音の違う聞き方を学んでいるように思う。
WORMの建物の中の壁と天井は、廃品利用で飛行機の窓の部分が使われている。
座席も飛行機の座席で、昔のタバコの灰皿つきであった。
廃品利用のほうが、現在では高くついたりするそうだ。
これはプラスチックのタンクを使ったトイレ。中に入ると半透明でちょっと落ち着かないかも。。。
出演者とお客さんのために、ベビーシッターが用意されていたが、WORM内にすごい数のぬいぐるみのスペースが用意されていてそこで子供達が遊んでいた。これには圧倒された。。。
オランダの12月5日は年間行事の中で、女王誕生日についで重要なシンタクラースの日。いうなれば、クリスマスよりも大事な行事である。主に子供のためのものだが、大人まで様々なやり方で祝い、楽しめる。
シンタクラースは日本語のサンタクロースに響きが似ているが違うもので、サンタクロースはオランダ語では kerstman (Christmas man)になる。
シンタクラースは黒人ピートをお供に連れて、蒸気船でスペインからやってくる。
11月の半ばに、「今日、オランダに到着しました」という日が毎年新聞、テレビで報道されて、その日から12月5日まで滞在している。シンタクラースは大きな本を持っていて、そこに名前の載っている良い子のところにきて、プレゼントをくれる。
子供達は、シンタクラースが乗ってくる馬のために、にんじんを靴の中にいれて、暖炉(煙突からシンタクラースが入ってくるので)の所に置いておく。シンタクラースが来ると、ペーパーノーテンやスペキュラース、アルファベットのチョコレートというお菓子をにんじんの代わりに入れておいてくれる。また、シンタクラースはそれぞれの子供に合った内容で、詩を残してくれたりもする。
その詩は韻を踏んで作るのが特徴で、大人になってからグループでパーティをする場合は、誰かにあてて詩を作ってきてプレゼントに添えたりする。
うちの旦那の場合は、子供の頃いつも詩が入っていて、そこには ‘Sint & Piet’より、というサインが Sint と、Piet 違う手で書かれていたという。
去年はまだ何もわからなかった息子も、今年はシンタクラースのお話をちゃんと理解している。シンタクラースの歌もたくさん保育園で習って歌えるようになった。この時期、親のいうセリフでよく聞くのは、、、「いい子にしていないと、シンタクラースからプレゼントもらえないよ」。。。うちもそれが効果あり。
12月5日の ‘pakjesavond’(プレゼントの箱を開ける夜)には、大きな袋のなかから家族それぞれにあてた、プレゼントがぞくぞくと出てくる。(誰が準備したのか?!)
おかげでいい子にしていたのでたくさんのプレゼントをもらって大興奮であった。
子供がいないときによくオランダ人のピアノの生徒さんの親から「シンタクラースの歌をピアノで弾けるようにしてくれませんか」というお話がよくあった。どれだけ大事なのかというのが、子供を持ってやっと一緒に実感できた。このお祭りのいいところは、宗教的ではないオランダ独自のものであるところだろうか。シンタクラースにまつわる楽しい歌もたくさんある。詩を作ることによってそれぞれの個性を考え、頭をひねる。
オランダ中の子供達にシンタクラース一人でプレゼントを配るのは大変なので、「お手伝いシンタクラース」「お手伝いピート」がたくさんいる。この時期になると街の中でお店や市場をうろうろしていたりするのが、楽しい。
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先週は4日間、イタリア、シチリア島で過ごした。
チェファルという町でギターのダリオ・マカルーソと演奏会があり、シチリアに住むダリオにしょっちゅうは会えないので、様々な曲のリハーサルも予定して余裕をもって木曜日の到着だった。
出発前日に、リハは金曜日とコンサート当日の土曜日の9時から午後4時までできるようだと聞く。到着した木曜日の午後は私のフリーな一日となり、強い日差しの中で美しい町並みと海、静かな時間、雨降り続きで曇り空のアムステルダムとのギャップの大きさにゆっくり身体を慣らしながら、心を空っぽにして海岸で波を眺めていた。
金曜日の朝9時にホール前でダリオと待ち合わせ。
ダリオが「誰も来ないのでは、という予感がする」
そんな。。。?!何を言っているのだ。
オーガナイズの方が「リハーサルはできないよ」と一度言っていた、という話を聞いた。でもダリオがそれでは困る、とがんばりなんとか二日間の同意をした。
ところが誰も来ない。。。
ダリオがオーガナイザーに電話して、地元のホールのドアを開けてくれる人に連絡を取る。なんとか連絡がついて、10時頃に開く。
ピアノを見ると、修復したてのような、ぴかぴかの外装のJosef Simon がカパーをかけられてステージの片隅にあった。鍵盤は開いたが、鍵がかかっていて調律をする部分のピアノのふたは開かない。どうやって調律するの?
Josef Simon (ca 1840) Viennese piano
しばらくしてホールのステマネ(?)のおじさんが鍵を見つけてくる。
低音がとても狂っており、いくつかの音は半音ほど違う。
ピアノの調律は?
「カオル、ピアノの調律は今日の4時に来るって」
だってリハーサル4時まででしょう?!?!
狂ったピアノでは2、3時間弾くのが集中力の限界だった。
狂った音をタッチしないように、一オクターブあげてみたり、音をぬかしたりしているうちに音楽に集中できなくなる。ダリオも私も絶対音感がなく、ピッチがわからない!
430よりは高いような気がする。ダリオは430に合う、弦を持って来ていたのにそのピアノの鳴りに合わないようで、さらに狂っているので神経にさわるようだ。
また半日フリー。。。。
こんどはマンドラリスカ美術館やドゥオモも見る。でもあまり歩くと疲れるので、早めに夕食。アパートに戻り、子供のマフラー編みに集中。。。
こういう時、本を読む気もしなかったり、観光する気もなく自分の家でない場所で過ごすのに、編み物はびったりの新しい趣味である。
その日の4時に来た調律師は実は地元に住むピアニストで、調律もできる、という方だった。次の日に1時頃から30分ほど演奏するので、調律をしてその後ヴァイオリンとリハーサルするという。だから土曜日は1時半頃から使っていいよ、と。
ということは結局コンサート当日の1時半からの数時間が私達に残された時間。
でもまあ、新しい曲は一曲だけであったので、なんとかなるだろうか。
1時前頃に行って、そのミニコンサートをチェック。
ひどくピアノが狂っている〜〜〜〜〜
なんだか心が乱された。
彼の演奏後、直談判に行く。「お願いだから、調律ハンマーを貸してください。このピアノで私達のコンサート、今晩するのは不可能です」
「でもボクこのハンマーこれから使うから貸せないの」
「それでは困ります!」
「1、2時間でもいいから、使わない時間があったら、貸してくれませんか?」
「じゃあ、5時に取りにくるから、それまで使っていいよ」
彼も調律がひどいことはわかっているらしいが、目の前でちょっとまって、と直していた一音もオクターブが合わないままで、さらに中から高音域は昨日よりひどい。
「今ホールに人が入っていて気温が上がり、湿気もあがっているからすぐに調律しないほうがいいよ」と。
その通り。。でもダリオがくる前に少しでもまともにしておかないとまたリハにならないので、調律から始める。1時間半集中。。。。6オクターブ半の慣れない楽器とハンマーな上、最初の1オクターブの割り出しもなかなか安定せず、時間がかかる。終わってから気がついたが、ピンが緩んでいる音がいくつもあり、調律しても戻ってしまう音もある。でも昨日よりはマシな状態に一度戻す。付け加えると、すべてのA(ラの音)が違い、どのピッチが430なのか分からず終いで、彼が昨日合わせたという真ん中のAにあわせた。
ダリオと3時半から1時間ほどあわせると、ピアニストの彼がハンマーを取りに戻ってきた。ちょうどピアノもまた狂い始めた音もあり、待っていてもらって15分だけひどい音だけ直す。
でもでも、、、これでやるしかないのか?!
20ー30分もう一度いくらかリハをして、さあもう着替えなきゃ。。。
開演15分ほど前に、オーガナイザーグループのエレガントな老紳士や関係者が次々とご挨拶に来られた。4人くらいは来られただろうか。
心の中では「お願いだから集中させてくれ。。。。。!」
コンサートはテンションをあげて、集中して演奏。
お客様もまあまあ入り、キャパ200ほどの劇場の一階席はほぼ満席のようで良い雰囲気のコンサートになった。とても喜んでいただくことができアンコールも一曲演奏。
ただ狂った音はもうどうにもできない。
プログラムの後半になりもっとひどくなってきた低音もいくつかあった。
ピアノという楽器は調律ハンマーがないとどうにもできないところが非常に不便でもある。
でもでも、この企画はどうなのでしょうか?!
とくにオリジナルの楽器の場合、保存状態と何ヶ月も弾かれていないのか、使われているのかによって大きく変わる。後から知ったのは、数ヶ月間誰も弾いていないフォルテピアノであった。オリジナルで演奏会がある場合は、最近弾かれていない楽器、ということもあるので、早めにいって楽器と知り合い、目覚めさせて、お友達になってから演奏会に望みたい。できれば、リハーサルを始める前に一度調律しておいてもらいたい。。。。そして演奏会の直前にも。これは贅沢だろうか?!
調律師が手配されなくても調律ハンマーがこの町にあったのならば、わかっていれば自分で木曜日に一度調律することもできた。(したいわけではないが、狂ったピアノよりはいい)
企画の方々は挨拶に来られて「調律のこと、アイム・ソーリー。」口々に話していた。チェファルでの毎日は怒る気にもならず、自分の集中力が乱されないように必死だった。滞在して素晴らしい町も見ることができた。120年ほど前に建てられたという会場は、劇場で素晴らしかった。裕福な町なのだろうか。調律が、、、と真剣にかけあったところで「のれんに腕押し」みたいなことは目にみえる。シチリアには独特な時間が流れていて圧倒的な島のパワーみたいなものがあって、許してしまうというのか、あちらのテンポにあわせるしかないのである。
ヨーゼフ・シモンは修復された、素晴らしい楽器だった。きちんと調律した状態で聞いてもらえなかったのがとても残念である。またぜひ再会したいなあ。
この4日間で完成した息子へのマフラーがもう一つのひそかな喜びであった。
昨日のロッテルダム、WORMでのコンサートはまさにドタキャン。
リハーサルのため会場に到着10分前に電話が。。。
「今日のコンサートはやらないことになったよ」
え?!?!
信じがたいのと電車の中で高まって来た緊張感がどこへ行ったらいいのかわからない。
理由は、新しい場所に移転したWORM が、建物のチェックや様々な許可が金曜の夜に警察官が見に来ておりたけれど、それを書類にもらっていない限りは何もやっちゃだめ、、、とのこと。
土曜日のパフォーマンスも直前キャンセルになったらしい。
土曜日の午後に移動した私のフォルテピアノは使われないまま、日曜日にUターンした。もっと早く教えてくれーー!!!
お客さまへのお知らせなどでしばらくどたばたしたが、皆で経費でお茶させてもらい、わーっとしゃべって心をおさめた。
それにしても、どんなことになってるの!?
面白い企画が多い場所なので気に入っていたけれど、これはスキャンダル。。。
「今日のコンサートキャンセルになったの」とその日に何人かに話したが、二人のオランダ人が「え?天気がいいから?」と反応。
二人もです。今週は最後の夏日のような24度−26度という快晴の日が続いた。
太陽が出ると、オランダ人は真っ先に日光浴のため外に出たり、カフェのテラスでビールを飲むのが普通なので、それでコンサートに行くのをやめるお客さんが多すぎて中止になったのだろう、という推測からくる反応である。
新しい日程でプログラムは上演予定なので、無事に演奏できることを祈る。
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アムステルダムで6月末から7月初めにかけて ‘Amsterdam Virtuosi 2011′ という室内楽フェスティバルが Geelvinck Hinlopen 博物館であり、6月25日の話になるが。。。。「スクエアピアノ・デー」というスクエアピアノに焦点を置いた日があった。なんてマニアックなお祭り、、、でもイギリスのフィンチコックス博物館などは、同じくスクエアピアノに焦点を置いた、もっと本格的な催し物を今年4月にしていた。
スクエアピアノとは:ドイツ語、オランダ語では tafelpiano (テーブルピアノ)と呼ばれる、一見テーブルのような長方形をした、ピアノ。
昨年からスェーリンク・コレクションというアムステルダムにあるフォルテピアノのコレクションの委員となり、そのコレクションの楽器が数台置かれているGeelvinck 博物館では何かとお手伝いをさせてもらっている。この日はコンクールの審査員と新曲発表のプレゼンテーションに参加。
まずはスクエアピアノの演奏コンクール。
第一回目の開催なので、出演者がいるのか?という心配があったが、4人のフォルテピアノの学生、または卒業生が参加。年齢制限もなく、演奏曲目も自由だったので趣味の方が来るかもしれない、、、と思いきや、専門に勉強した演奏者ばかりで、4人4様の選曲、楽器へのアプローチがあり、とても面白かった。
楽器は4台のスクエアピアノがあった。
審査員はほかに、ウィレム・ブロンズ氏、スタンリー・ホッホランド氏、ミヒャエル・ツァルカ氏。私にとってフォルテピアノのコンクールの審査員というのは、初めての経験だったので、審査のディスカッションはとても興味深かった。
私の中では、これは「フォルテピアノの」コンクールなので、普通のピアノとは違う古楽器に合うタッチで弾いて欲しいという気持ちがあった。そして、その楽器の音色をどう引き出せるか。音楽性、技術(ヴィルトゥオージティ)という点ももちろん大事で、その兼ね合いは、本当に難しいと思う。
初対面の審査員のミヒャエル・ツァルカさんが素晴らしい音楽家で、さらに自分の感覚ととても近く参加者についていろいろとお話できたことが、とても素晴らしい経験であった。
夜には、スクエアピアノのために新曲を作曲してもらう、という作曲家のためのコンクールがあった。8曲の応募作品があり、そのうちの6曲が演奏された。
その時のダイジェスト版はこちら。
youtube ‘square for future’ (composition concours)
女性作曲家二人が一位を分けた。
古楽器で演奏することの意味、なぜ普通のピアノでできるのにこの曲をわざわざ古楽器で、、、など様々なディスカッションは古楽の盛んなオランダでも行われる。
作曲コンクールは、そんな視点ではなく、作曲家が特定のこのスクエアピアノのために作品を作ろう、と思いその特性にあった音楽を作る。出来上がった作品は、特別な調律を要求するようなモダンピアノでは不可能なものであったり、お琴との組み合わせの音色などは、モダンピアノではまったく別の印象の作品になる。
楽器の「個性」を最大限に使って作品を書いてくれた作曲家に、ありがとう、、、と伝えたい。この楽器でしかできないことを、したよ、と。
存在する曲を演奏するのでなく、オートクチュールで新調されたドレスみたく、楽器にしっくりくる音楽がクリエイトされたことに感動した。
楽器の魅力を感じてこのフェスティバルの動機に賛同して、日夜準備し続けたオーガナイザー、スタッフ、作曲家、演奏家と皆の情熱と貢献に拍手、、、
来年もこのフェスティバルが開催され、たくさんの方にこの楽器の魅力を知っていただけたら、と思う。日本では見ることはもちろん、音色が聞けることというのは本当にまれであると思う。眠っているスクエアピアノが日本にあったら、ぜひ眠りから覚まして、その美しさをお披露目してもらいたいと思う。
この夏7月に実は、2週間だけ2歳の息子を連れて日本に帰った。
とっても楽しい日々で、ちょうど地元の夏祭りもやっていて夏らしい日本を満喫した。
印象に残ることはたくさんあるらしく、
「お祭りも見たねー」
「アイシェ食べたねー」(アイシェはアイスのこと、オランダ語の子供ことば)
「ばーばに会ったねー」
「飛行機に乗ったねー」
「かーん、かーん、かーんって踏切見たねー」
断片的な思い出を一ヶ月半たった今も、幾度となく言葉にする。
オランダ人の親戚や保育所の先生にも、「ボク、日本に行ったの」「飛行機乗ったの」と開口一番に未だに言う。(オランダ語で)よっぽど飛行機に乗って、違う文化の日本という国に行ったことが強く印象に残っているらしい。
その後、ちょっとした問題が起きた。
約2週間、保育所生活に慣れなかった。週に3回保育所に預けているが、3週目の終わりになって、やっといつもの息子らしく楽しめるようになった。とくに2週間の間は、オランダ語を「一言も話さなかった」日もたくさんあるそうで、話しても「飛行機」または「Nee!」(オランダ語のNo!)のみ。泣いてばかりで、ご飯も食べたがらず、皆とも遊びたがらず、先生の膝の上で「ママー」と泣くばかり。
一度は保育所から電話があり、早めに迎えにいった。
かわいそうだった。日本に行く前の一週間、主人が出張で一週間いなかったので、日本語のみの生活を3週間ほどしたのだが、その後、オランダ語がどこかへ飛んでしまったのである。口をついて出てこないのは、自分でもつらかったに違いない。
夏休み中で、保育園の大の仲良しのお友達もちょうど休暇でいなかった、というのもあるようだ。なじみの顔もなく、オランダ語で遊ぶ気もない、、って。
先生には「日本ではパン食べないんですか?」と聞かれた。
前は食べていたのに、昼食のサンドイッチを食べたがらない、と。
日本でパン食べるけれど、オランダのパンとは見た目も色も味も違って、子供はなかなか日本でのパンを食べなかったので、おそばやうどん、ご飯が多かった。
でもお友達が戻って来たり、慣れて来たりと、3週目の終わりには元の息子になり、お外でも遊ぶようになり、お昼のオランダのチーズのサンドイッチを食べ、歌を歌ったりするようになった。
バイリンガルで育てる時に、こんなこともあるのだなあ、という経験。
でもまたすぐに、オランダ語が優勢になるのだろう。。。
オランダの国会は、2013年から2億ユーロ(日本円で約230億円!)の文化、芸術への予算を削減することを決定した。
日曜日の夜、ロッテルダムからハーグまで「文明の行進」(mars der beschaving)と名付けたデモ行進が行われ、約7000人の人々、音楽家のみならず、俳優や博物館、シアター関係者とにかく、反対する気持ちを表すためにたくさんの人が参加した。
さらに、4万人以上の署名を集め、嘆願書まで出した。それらのお誘いのメールもいくつか知人から届き、署名のみ参加した。
月曜日にその論議が行われることになっており、その前に行われたこれらのデモ。
それにもかかわらず、昨日この予算削減が実行されることとなり、とてもとても、失望。
これによって、国からの補助を受けている多くの、オケやアンサンブル、フェスティバル、作曲家達、シアター、文化施設が打撃を受けるのみならず、小中学校の生徒達の博物館や観劇というこれまで行われていた文化的な企画もただで鑑賞することはできなくなるそうだ。
すでに、小さな村の図書館が閉鎖されたりもしていて、なんて残念なことだろうと思う。
フリーランスのアーティスト達にとっても、ただでさえ日々の生活をまかなうのが、大変なことなのに、仕事を失う人、減る人たちが増えるのは必須であり、それによってクリエイトされるはずのものがされなくなる。
感動を与えて、受け取る場が減ることは未来の子供達の情緒の育成にもかかわるだろう。
このところの経費削減では、身体障害者への補助が削減されたりもあったりと、弱い人の立場まで無視されているように思う。
(このニュースの日本語)
http://www.portfolio.nl/nlnews/archives/cat2/
(デモの様子)
http://nos.nl/video/251625-duizenden-demonstreren-tegen-kunstbezuinigingen.html
この決議に負けずに、私たちはできる限りアートを続けていきたいと思う。
政府の援助が減ったら、規模が小さくなるのは目に見えている、、、、ボランティアもしなければ何も始まらないだろう。
まわりにたくさんたくさんいるアーティスト達は、何もないところから何かを創りだしている。
それで感動を生み出す場を作っている。
普段このブログの更新も遅れているが、今日ばかりは何か書かずにはおれなくなった。
3月の半ば頃、ベランダの鳩の巣の中に、新しい卵を二つ発見。
今年の冬には、寒くてベランダにしばらく出ないうちに、一羽の雛がかえっていた。
そのときは巣があったことすら知らず、発見した時点でずいぶん大きくなっていて、「あー、いつのまにか巣を作られ、赤ちゃんまでいる!」と思いきや、そのうちに巣立っていった。
最初は鳩がうちで産まれるなんて、ちょっとラッキーなシンボルかな?なんて思ったが、主人いわく「それは白鳩のことだろうー」このグレーの鳩はただ汚していくだけで、しょうがない、、、なんて迷惑がっていた。
新しい卵を発見したときに、処分しようと思って、つかんだ。
そうしたら、温かかった!
まだ生きているんだ、、、捨てられなかった。
その雛も無事に孵った!
我が家では「ポッポの赤ちゃん」を毎日のように眺めて、楽しんでいる。
子供も朝起きて、「ポッポの赤ちゃん、見る〜」と日課になり、一緒にベランダに行く。
「大きくなったね〜」
「大きくナッタネ〜」
「お母さんハトがいるね」
「おかーたんハトがいるねっ」
「さ、もう寒いからドア閉めよう」
「さ、もうさみーからドアしめよ」
なんでも言葉を真似するもうすぐ2歳の息子だが、自分から「ポッポの赤ちゃん見よー?」と問いかけてくるか、あるいは「ポッポの赤ちゃん見るよー」というと、いさんで走ってくる。
おかしなもので、毎日くるこのポッポのメスとオスの両親が顔なじみになってくる。
そうすると無数にいる公園のハトの群れのそれぞれの顔が違って、うちに来るハトが混ざっていたら顔を認識できそうな気がする。
最初は親鳩がかわりばんこに赤ちゃん2羽の上に座って、温めていたが、最近は母鳩がエサを持ってきて、声を出して赤ちゃんは「ピーピー」と鳴くようになった。
ここ数日は、半分立ち上がっていたりするので、巣立ちの日が近いかもしれない。
そうしたら親ハトの役目はおしまいだね!
日曜日のオランダのドレンテ州にある町、メッペル(Meppel)でスタバト・マーテル(ペルゴレージ原曲ーバッハ編曲版)のランチコンサート。
この4月はカメラータ・アムステルダムという室内オケの通奏低音で参加させてもらっている。
スタバト・マーテルの最後の楽章 ’アーメン’ でホール内の照明が消えた!!
一瞬ざわついて、、、でも「ここで止まってはいけない、、、、」とできる限り弾き続ける。
幸い同じフレーズを違う調で繰り返すような部分だったので、なんとか最後まで行き着いた!2、3分だったか。
皆ちょっと間違いながらも、、、。ソプラノとアルトの二人は「アーメン」の歌詞のみだったから、グッドタイミングなハプニングだった。
もしもっと曲の真ん中で照明が消えていたら、、、コンサートを終了できなかった欲求不満で夜眠れなかったに違いない。
原因はメッペルの町中で起こった停電。
お客さんも、ステージの音楽家12人あまりも終わると同時に、大爆笑となり、大きな拍手をいただいた。
こういう経験数回したよ、、、というコンバスのロシア人ボリスや、指揮者もチェリストもこんなのは初めての経験だ、、と様々。
あー、びっくりした;;;



























