オランダの国会は、2013年から2億ユーロ(日本円で約230億円!)の文化、芸術への予算を削減することを決定した。
日曜日の夜、ロッテルダムからハーグまで「文明の行進」(mars der beschaving)と名付けたデモ行進が行われ、約7000人の人々、音楽家のみならず、俳優や博物館、シアター関係者とにかく、反対する気持ちを表すためにたくさんの人が参加した。
さらに、4万人以上の署名を集め、嘆願書まで出した。それらのお誘いのメールもいくつか知人から届き、署名のみ参加した。
月曜日にその論議が行われることになっており、その前に行われたこれらのデモ。
それにもかかわらず、昨日この予算削減が実行されることとなり、とてもとても、失望。
これによって、国からの補助を受けている多くの、オケやアンサンブル、フェスティバル、作曲家達、シアター、文化施設が打撃を受けるのみならず、小中学校の生徒達の博物館や観劇というこれまで行われていた文化的な企画もただで鑑賞することはできなくなるそうだ。
すでに、小さな村の図書館が閉鎖されたりもしていて、なんて残念なことだろうと思う。
フリーランスのアーティスト達にとっても、ただでさえ日々の生活をまかなうのが、大変なことなのに、仕事を失う人、減る人たちが増えるのは必須であり、それによってクリエイトされるはずのものがされなくなる。
感動を与えて、受け取る場が減ることは未来の子供達の情緒の育成にもかかわるだろう。
このところの経費削減では、身体障害者への補助が削減されたりもあったりと、弱い人の立場まで無視されているように思う。
(このニュースの日本語)
http://www.portfolio.nl/nlnews/archives/cat2/
(デモの様子)
http://nos.nl/video/251625-duizenden-demonstreren-tegen-kunstbezuinigingen.html
この決議に負けずに、私たちはできる限りアートを続けていきたいと思う。
政府の援助が減ったら、規模が小さくなるのは目に見えている、、、、ボランティアもしなければ何も始まらないだろう。
まわりにたくさんたくさんいるアーティスト達は、何もないところから何かを創りだしている。
それで感動を生み出す場を作っている。
普段このブログの更新も遅れているが、今日ばかりは何か書かずにはおれなくなった。
17日にアムステルダムの北地区にある風車の中のホールにて、リサイタルをした。
1772年、ちょうど若きベートーヴェンが、ウィーンへの留学に出発した年に建立された風車で、チョークのもとになる石(?)を風車ですりつぶして、チョークを製作していた風車である。
その風車がガラス越しに見えるように、小さなスペースが隣接されており、居心地の良いお庭と、その隣の家にいるクジャクやヤギの動物達がのどかな雰囲気を醸し出す。
天井の高い木目の壁、床、バックのガラスの壁と音響もとても温かく響いた。
60名程のほとんどオランダ人というお客さまも会場の「ダッチさ」に喜んでいた。
「5オクターブの中のベートーヴェン」というシリーズのプログラムで、私のシュタインモデルの楽器5オクターブで演奏できる曲で構成。この機会に、初期の作品2−3のソナタを再び勉強したことは、本当によかった。
アルカホリックの父は子供達の世話もできず、16歳で母を亡くしたベートーヴェンが、やっとウィーンで音楽の勉強できた喜び、ハイドンにレッスンを受けられた喜び。
躍動感のつまったハ長調のこのソナタは、恩師ハイドンに捧げられている。
その数年後に作曲した「悲愴」のハ短調は、なんと重苦しい助奏があることか。
すでに耳の異常を感じ始めた、苦労の多いベートーヴェン。
シンプルなフォルテピアノで、ベートーヴェンのストレートな表現をぜひ聞いて欲しいと思う。
たくさん音が重なるとフォルテの厚い和音、右手一声になると弱音でのメロディー、ハイドンやモーツァルトに聞こえてくる、古典派のスタイルがそのまま。フォルテピアノで軽快に弾ける小粋な装飾音。
ベートーヴェンのパッションは楽器を上手に、最大限に使用して表現されている。
楽譜は左から右に読むからか、ピアノを弾いていると、音楽は左から右に流れていくような気もする。(または音符が右に現れて左に消えていく)
でも鍵盤は垂直に打鍵。弦は平行に視界に入る。
出てくる音は垂直、だけでなくあらゆる方向に広がる。
そこにハーモニーの色があったり、鋭いリズムがあったり、音楽は本当に抽象的で、立体的で、つかむ事もできず不思議な、でもたくさんの「気」がつまっていてパワーのあるものである。
自分が音楽を奏でて、人に音の振動が伝わっていくのかと思うと、心地よいもの、美しいもの、温かいもの、パワフルな物、たくさんのよいものを届けられるようでいたいなと思う。
久しぶりにピアノの鍵盤に触れる。
聞き覚えのある音楽が、耳の中に響く。
ただ、指がやや鈍い。でも、、でも、、、ピアノを弾くとあついものが込み上げて来て、音楽がパワーを与えてくれる。
久しぶりに外の空気を吸うと、アムステルダムの街は変わりなく、シャボン玉の中ででも暮らしていたかのような気分になる。
子育てとはなんと時間がかかるものだろうか!!!
ピアノ曲を勉強するときに、時間をかけて育てていくのに似ている。
曲の持っている力、内容を理解すること、弾き込み、自分の考えや感覚を投影させてから再創造すること。
時間をかければかけるほど、作品がよくなるように、子供と一緒に過ごすことで、理解が深まるだろうか。
じーっと見ていると様々な表情をする。
赤ちゃん言語は、難しい。。。

