10月には、パレルモにも行ったり、その後すぐに、ギターのダリオがアムステルダムに来て、演奏会があったりで、仕事本格的に再開し始めた。託児所のおかげもあり、うまく軌道にのってきた。
パレルモから戻り、朝の飛行機でアムステルダムに到着してまっすぐ託児所へ子供の顔を見に行く。
そうしたら、子供のほうは、「ん?」という顔。
きょろきょろして、「あれ、この人誰だっけ?」
という顔。・・・・・ちょっとショックだった。でもこれは実は託児所に迎えにいったときのいつもの反応でもあった。
それでも授乳していて少ししたら、ニコニコして、遊びだした。ホッ。。。
忘れもしない10月15日、夕方子供を託児所に迎えにいったときには、私を見たとたん、ニコーっと笑って、両腕を差し出して来た。
「あー! 私のことわかってくれた!」
・・・ということで、やっと5ヶ月を過ぎて私の顔を覚えて? 認識してくれたのだ。
それから最近、ひとりで哺乳瓶を支えてミルクを飲むことができるようになってきた。
ある日、赤ちゃん用の椅子(背もたれがゆるい)にいる息子に、哺乳瓶を託して一人で飲ませてみた。
そうしたら、飲んでいる。。。
いつもは自分の膝の上に抱いて、上から顔を覗き込む風景であったのが、その日は椅子に座る子供に正面から対面する。
それがまた、初めてのことで、なんだかむずむずとしてきた。なぜか。。。何かヘンだ。。。寂しいのだ。
自分の膝の上に抱かなくても、一人で私から離れたところで、ミルクを飲んでいる。接触がなく、一人でこなしている。「もう私を必要としていない」というような気持ちになる。もちろんそんなはずはないのだが、一つづつ、出来なかったことが出来るようになり、べったりくっついていた赤ちゃんだった存在から、離れていくような気がした。そこで、「でも抱っこしてあげようかな。そうして目を見て飲ませるほうが、愛情が伝わるかな?」と一瞬考える。
「待てよ、でも出来る事をやらせることも大事なのかも」
と、そのときは一人で飲ませる事にした。自分が抱っこして触れていたいというだけで、どちらが子供にとって良いことなのかと考えると、独り立ちさせることは大事に違いない。
ミルクを飲む、という当たり前でささいなことかもしれないのだが、ここで、一人で飲ませる小さな決断は、あえて自分から放れてさせることを受け入れて、がまんした日であった。