ピアノの発表会で思うこと

この2、3年は約1年に一度のペースで生徒の発表会を企画して来た。
生徒がこういう場を通して、他の人の演奏を聴き、いつもと違う環境で人前で弾く、ということで成長する姿を見るのがとても嬉しい。

続けている生徒さん達は一回ごとに、ものすごく前進している。

先週の日曜日に行い、今回は12名の出演。大人の女性の生徒さんが彼女のパートナーでもあり、プロの俳優さん&歌手であるGuy Sonnen氏とソプラノ&バスバリトンでデュエットを2曲披露して花を添えてくれた!
メンデルスゾーンとシューマンの二重唱作品。
彼女はピアノだけでなく、歌も習い、写真家でもある多趣味な生徒さんである。

そして、締めはGuyさんのソロ、シューマンの『二人の擲弾兵』を動きを交えて歌ってくださり、圧巻。

自分もできるだけちょこっとソロで弾くことにしている。
子ども達にもできるかぎり暗譜でやらせるため、この日ばかりは普段フォルテピアノで「楽譜を置いたままでよい。暗譜の習慣は18世紀にはなかった」などのフォルテピアノ式ではなく、ちゃんと示しをつけるため、暗譜ですることにしている。

今回はショパンのポロネーズ第1番。
むかーし勉強したことがあったのは、大きな貯金となってこういうときにすごく助かる。経験の貯金が多ければ多いほど助かるということも実社会では実感。
音楽に限らず。。。

学生時代、その前に勉強した曲というのは、勉強して暗譜してお蔵入り、というものがほとんどだが、また弾こう、と月日が経って改めて引き出しをあけてみると「ああ、こんな曲もやっていた」「当時こんなことあったな」とか「いくら注意されてもわかってなかった」「この曲は苦労したなあ」「子どもの頃この曲大好きだった」などなど様々な思い出が蘇ってくる。

年をとるにつれて、当時わからなかったことがいつのまにかわかるようになっていたり、できなかったことが、すっとできたりする瞬間の嬉しさ。弾く機会があると、自分も成長できるから、ちょこちょことやって来たことが積み重なると、その経験は確かに自分の糧となっている。昔よりも「わかる」「できる」ことが過去にやった作品を改めて弾くことにより見える。ピアノ続けていてよかったなあ、としみじみと思う。続けていないと、見えてこない。

演奏会に来てくださるお客様はいつも一人の人をずっと追って成長を感じてくれるとは限らない。そういう方ももちろんいて、とても励まされる。変わりつつある部分といつまでも変わらない部分をどちらも感じてくださるだろう。

でも基本的には一期一会と思ってやっている。その時、その成長過程で聴いてくださった方。再会できるかもしれないし、一度きりの瞬間を音楽を通してその日その場で共にした方。

オーボエのアルフレード・ベルナルディーニ氏にかつて言われた言葉が忘れられない。「いつも何千回のうちの一回、と思えばいい」と。もしも満足のいく演奏ができなくても、それができても、たったの一回の出来事。その一回に左右されすぎてあきらめたり、いつまでもくよくよしていてもしょうがない。「完璧」は存在しない、ということ。少し傷があっても、100%に満たないことの積み重ねでも、それは積み重ねられているのだ。

傷モノと思っても、耐久性のほうが、大事ということか。

そう、、、生徒さんにも長く続けてもらいたいな、と思う。
趣味でいい、いつか大人になって同じ楽譜を開いたときにきらめく何かがあとになって、でてくるから☆

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