グラーフの御披露目間近

出来たてのフォルテピアノ(グラーフ)、最初に試させていただく機会でした。

Jan van der Sangen ヤン・ファン・デア・サンゲンさんの5年越しの作品。なんと生っぽい音。調理されていない生肉(?)と比べるのも変ですが、材料の木材が形となり、職人の手によって楽器となり、鍵盤となり、弦が張られ、音楽が奏でられる。弾き手とともに楽器が精製され、成長し、職人がさらに調整する。そのまだ生肉が焼けていないレアな段階に入る感じ。味付けも飾り付けもこれからです。

良いものを作ろうと目指していくこの過程に携わらせてもらっているんだ、と楽器を弾く姿勢に気が引き締まります。数年後に鳴る楽器を見据えて、良いエネルギーをたくさん受けて成長していってほしい。あと2週間では楽器にしてはまだまだ出来たてですが、お披露目ではこの楽器の持つ大きな潜在性を感じていただけるのではと思います。

まだ外塗装もされていない天然木の感触が音色にも現れます。
ハンマーの打弦部分にある、新品の鹿皮がこれからどんどん凝縮されて音色も日々変わっていくことでしょう。

6月19日のお披露目コンサートでは、ヤンさんが以前に制作したベームとともに2台フォルテピアノという超贅沢なコンサートを、素晴らしいピアニスト、アルテム・ベロギュロフ Artem Belogurov さんと演奏させていただきます。とっても楽しみです!

音色はこちらのインスタグラムにアップしました!https://www.instagram.com/kaoru.iwamura.1/

お城でのコンサート

先週の昇天祭月曜日には、ユトレヒト近郊のルーナースロートというこじんまりしたお城で、年に一度のオープンデーに毎時間コンサート、というイベントで演奏させていただく機会をいただいた。

歴史的なお城の中での歴史的なテーブルピアノの演奏という、セッティングで雰囲気からすでに素敵。

 

お城は13世紀に建てられ、1985年に手放されるまで、そのご家族のお宅として使われていた。最後に住まわれた男爵夫人は離婚後、長年一人暮らしだったそう。一人で住むにはすごく大きい!!逸話によると、オイルヒーターの暖房がまだ完備でない頃、夫人は家の中で部屋から部屋へと自転車を乗り回していたそうだ。

オランダっぽい。。

 

15分のミニコンサートということもあり、子供連れも誘いやすく、来やすく早くも予約で一杯。

約60席の天井高めの壁画のあるお部屋に、絵のように治まったブロードウッドのテーブルピアノ(1829年製) 。

・・・と偶然の「ディズニー白雪姫」色スカート。(笑)

 

1時間おきに計6回弾き、360人ほどのお客様にブロードウッドの現役な音色を聞いていただくことができた。プログラムはシューベルトの即興曲から一曲は毎回、(3つのプログラムを用意)他にベートーヴェンのバガテルや、エリーゼのために、楽興の時3番など親しみやすい曲に。

 

子供達、おじいちゃん、おばあちゃん、お友達、生徒さん一家、知り合いの方達も来てくださり、喜んでいただいて、幸せな気持ちになった。幅広い層の方にフォルテピアノの音色を聞いていただけたことが何よりもの喜び。15分で3−5曲というのは、初めて見る、聴く音色には十分な時間である。

普段のコンサートについて考えさせられた。

クラシックって、本当に馴染みやすいのだろうか。敷居の高いプログラム、になっていないだろうか。場合によってプログラムの内容はとても大事。

今回のような場所で、フォルテピアノをたくさんの幅広い層の方に聞いていただけた、ということが自分の幸せ感につながっているのでは、と思う。もっとたくさんの方に素敵なヒストリカルピアノの音色を聞いてもらいたい。。。そういう使命感が達成されたのかもしれない。

 

 

お天気も最高で、広いお庭ではお城見学の後、皆が外で遊んだりお散歩を楽しめる。

 

 

使われていた食器も展示してあったが、オランダの1790年頃のこの地方のもので一枚数十万円の価値とか。ナチュラルな染料の色で、かわいらしい。

 

 

そうそう、驚いたのは、このお城の上の一角には子供連れ家族が住んでいる。それは、ふつーの人で、ユトレヒト市の現在のこのお城の所有である団体が、賃貸している。。。

この壁画の中の隠し扉からもそこに通じているそう。

お城入り口に面した二つの元馬小屋のうちの一つも、改装されて普通の住宅として住まわれている。それで収入になるし、ということ。この方達の住宅環境をまもるためにも、お城は日曜日は公開していない。現在は週に3回ほど、半日から一日だけ公開しているそうだ。

 

おみやげにお城の最後のお住まいだった男爵夫人のものという、100年以上前のコーヒーカップをいただいた。

 

SOUNDS

フォルテピアノの五重奏団。

思えば結成は2013年。

半年のブランクのあと、この5月15日にはなんと一日で二つのコンサート。

一日2回のシューベルト「ます」はかなりヘビーだった。。。

ひとつめは、ドイツ国境近くのある街のシアターで、ライトアップもかっこよくこんな感じ。

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そう知名度があるとも思えない私たちのアンサンブルのチケットを買ってくれる方はいるのだろうか、、、と心配しながらホールのマネージャーに「チケット予約ありましたか?」と尋ねると「いい質問だ、ちょっと聞いてくるよ」とどこかへ。そしてピースサインをして戻ってくるので、2枚ってことかな、、、と思うと200人!

宣伝の効果か、ありがたいことにたくさんのお客様に私たちのオリジナル楽器での「ます」を聞いていただくことができた。

5人の女性グループとして自分たちの音楽を探しながら、いつくかのコンサートを共にしてきた。

弦の4人は古楽オケなどで世界をかけまわって活躍している、経験豊富なメンバーだが、でも五重奏のコンサートはそうそうあるわけでもなく、残念ながらマネージャーもなし。

やっとラッキーなことに入って来たこの2回公演は、大成功で5人の結束もびゅーんと強くなったような一日だった。

前半のプログラムは他に、Albrechtsberger の弦楽四重奏。「ます」編成の4人の弦楽奏者でできる作品。アルブレヒツベルガーはベートーヴェンの作曲の先生として知られている。バロックから古典にかかる時代を象徴するような要素たっぷりの、4楽章の美しい曲で、最初の緩徐楽章のあと、2楽章目はフーガ、3楽章はメヌエット、最後は軽快なスケルツァンド。

そしてモーツァルトのトルコ行進曲。今回ははじめて、テーマが戻るところに装飾や、デコレーション(ロバート・レヴィン氏の言葉)実験的にたくさんいれてみる。

モーツァルト的スタイルの中でする装飾のこと、もっと研究を重ねてみたい。

前半の最後は2014年にSOUNDS のために、オランダの若手作曲家、Hugo Bouma氏が作曲してくれた ‘andere vissen’(他の魚達)。この曲は「ます」とコンビで演奏会に取り上げられることを想定して作られており、8つの魚に関連した内容からなる。さらに、5つのペダルを持つウィーン式ピアノのために作曲されているので、ファゴット、打楽器、モデラート、ウナ・コルダ、ダンパーとすべてのペダルが効果的に大活躍する、とても面白い作品。

今回の「ます」のためにフォルテピアノを提供してくれたのは、Theo Kobald氏。

非常に細かいところまで完璧に作られていると感じるような、美しい楽器である。(2014年作、ウィーンのFritz 1813 のレプリカ)

 

Kobald 1813 whole

オリジナルではいろいろ不備があっても、そのオリジナルの特性でカバーでき、人々に感嘆される。レプリカの良さは、製作者とコミュニケーションできること。そしてレギュレーションの完璧さ、瑞々しい音色、こちらの感じることや要求にすぐに対応してくれようとする、テオさんの完璧主義(!?)な姿勢と準備には頭が下がる。やはり生きている同世代の製作者と共に仕事をすることには、大きな意味があると感じる。

休憩中には興味を持ったお客様が数十人集まり、製作者テオさんからお話を聞いていた。

休憩中にも丁寧に調律をしてくれたにも関わらず、このかっこいい照明は相当温度が高く、休憩後に行くと、鍵盤もいすもあったまっている程。(笑)調律を保つのが難しい会場ではあった。

 

さて、二つ目の会場は Kasteel Heeswijk

ここでは、ブロードウッドの1840年製の楽器で、5つペダル用のBouma氏の作品が演奏できなかったので、シューベルトのヴァイオリンとのソナチネ1番のデュオと、メンデルスゾーンの無言歌より、ソロを代替にいれる。

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2回目の「ます」はずいぶん弾きこなれてきたところもでてきて、疲れを忘れての熱演であった。

今回はコンバスもチェロも、そして5人が一緒に乗れるワゴン車をレンタルして移動。

 

五重奏のリハーサル、コンサートを通して思ったことは、人数が多くなることによって、「透明感」を保つことの難しさ。5人の中で思いっきりバックグラウンドにまわったり、一転してコンチェルトのようにソリストになるべき役割になったりの差が大きい。弱音もあまり弱くては聞こえなくなってしまうので、全体にスケールの大きさが必要なのかもしれない。5人それぞれがソロとしての自覚を持つこと。そう、もっと大きな音楽をしたい、という刺激になった!

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次のSOUNDSのコンサートは7月10日、アムステルダム。

シューベルト「ます」& ボウマ「他の魚達」など。

 

 

「ワーテルローの戦い」プログラム

2015年は、ナポレオンがワーテルローの戦いで負けてから200年の年であった。その戦いにちなんだ音楽を探してみると、思いの外たくさんあり、当時の聴衆が娯楽として音楽を楽しんだ様子が思い浮かぶ。

オランダの作曲家ウィルムス(Johann Wilhelm Wilms) は『ワーテルローの戦いーピアノのためのある歴史の音楽的絵画』という作品はまさにタイトルそのまま、戦争開始の様子から戦い、その後のお祭りの音楽までが、ナレーションの言葉が添えられて描かれている。

7月には日本でも池袋の明日館にて 「東日本大震災復興支援コンサート 」として 梅岡楽器さんとのコラボレーションによって、このプログラムのソロ版を演奏させてもらうことができた。

オランダでは、俳優で歌手であるGuy Sonnen氏とのデュオ版や、ピアノトリオ ベルフォンティスとGuyさんとの4人でのバージョンなど、数回公演した。

各地で大好評をいただき、たくさんのお客様に楽しんでもらうことができた。エンターテイメント的要素の強いプログラムだった。日本でのソロ版はGuyさんのナポレオン姿をご披露できなくて残念だったが、あるお城でのコンサートの写真はこちら。(ピアノはブロードウッド1840年製)

27-09-2015 Belfontis Trio heeswijk

 

guy&kaoru in jagthuis 2015

こちらはHet Jagthuisというアムステルダムより郊外にある街の昔農家で,牛舎小屋を改造して作った演奏会場、の楽屋にて。

Guyさんはかつて、日本の「オランダ村」で今も(?)上映されるための映画「将軍からの贈り物」に主演するため来日したことがあり、日本大好きな俳優さん。

 

kasteel heeswijkKasteel Heeswijk

 

カール・フィリップ・エマヌエル・バッハ生誕300年

今年はバッハの息子達の中でも最も才能があったと思われるカール・フィリップ・エマヌエル・バッハの生誕300年にあたる。

6月に小さな会場でそれにちなんだリサイタルを開いた。

タイトルは’ Bach & Bach’ .

バッハが好き、という音楽愛好家は多いがほとんどがヨハン・セバスチァン・バッハの父のほうを指すだろう。やはりカール・フィリップだけではお客さんが来てくれそうにもない。だから父と息子の音楽を比べて聴ける企画にした。

フォルテピアノで主にカール・フィリップ、17世紀イギリスモデルのスピネットで父バッハを演奏。

プログラムはカール・フィリップの「識者と愛好家のための曲集」よりロンドやソナタ2曲、そして「フォリアの主題による変奏曲」、「幻想曲ーカール・フィリップ・エマヌエル・バッハの心情」。

父バッハはフランス組曲の第5番よりアルマンド、クーラント、サラバンド、ジーグ、インベンションとシンフォニアよりニ短調、ニ長調、ヘ長調、ヘ短調を並べて演奏した。

カール・フィリップはオリジナルのZahlerというチェコのフォルテピアノ(5オクターブ半)が繊細な心情を表すのに頼もしい私の相棒となってくれた。強弱の差が出せるフォルテピアノとチェンバロのひとまわりヴォリュームの小さいようなスピネットと比べる場合、どんな競争になるかと思いきや、どちらの良さも返って引き立ったようで、どちらもよかったという感想をたくさんいただいた。

音楽としては、カール・フィリップの方が良い作曲家、聴いていて面白いね、という意見も。。。

どちらにも同じタイトルの作品を選ぼうと最初は考えがあったのだが、それが面白いことにほとんどないことがわかった。まさに父の音楽の趣味に反抗していたのだろうか?!

カール・フィリップには組曲、「プレリュード&フーガ」の組み合わせもほとんどないし、カール・フィリップに多い「ロンド」、「ソナタ」は父バッハにほとんどない。(ヴァイオリンのソナタは有名)父バッハは「ファンタジー」と名のつくものは意外と少なく、オルガン曲に少しあるのと、有名な「半音階的ファンタジーとフーガ」などである。スピネットでその曲を試しに練習していたが、今ひとつ迫力に欠ける。

スピネットは豊かな音色が出るが、やはりボディーが小さいため、2段鍵盤のチェンバロにはかなわない。私は常々、それぞれの楽器には「サイズ」があると思っている。

サイズの合わない洋服を着るとその人の良さが出ないのと同じく、作品のサイズと楽器のサイズもマッチしないと、しっくりこない。今回「半音階的ファンタジーとフーガ」をスピネットで演奏したら、スピネットって物足りない楽器だね、この曲って今ひとつな曲? という楽器にも曲にも残念な感想が出かねないのだ。

インヴェンションとシンフォニア、聴きやすく声部の少ないフランス組曲はとても良く楽器が鳴ってくれたと思っている。曲がシンプルで音が少なくても、作曲家の素晴らしさはそのままである。ヘ短調のシンフォニアのなんと深みのある内容。

 

この日のコンサートの落ちは、ちょうどサッカーのワールドカップでオランダが試合する日で、ちょうどコンサートの時間と同じ!控え室の窓から見えるアムステルダムの通りのカフェはオレンジ色でいっぱいで皆、大きな画面を見ている。

サッカーだから来ないというお客様はもちろんいた。(生徒さんの家族一家も:))

来てくれた音楽好きのお客様達には楽しんでいただけたようで、良いコンサートとなった。会場のピアノラ博物館のバーでは、コンサートの終了後、壁にかかった古い大きなオルゴールを当時のコインを入れてまわしてくれた。とても豊かな響きをワインとともに最後まで残っていたお客様数人と堪能した。

 

フィンランド、クオピオへ

この春、良いニュースをいただいた。

8月のフィンランド、クオピオ市におけるリサイタルとマスタークラスに参加するために、朝日新聞文化財団より助成金をいただけることになった。

クオピオ市で、歴史的鍵盤楽器のフェスティバルが行われている。

Nordic Historical Keyboard Festival

8月14日から23日の間、クラヴィコード、チェンバロ、オルガン、フォルテピアノでのソロやアンサンブルの演奏会が毎日、計22回、そしてマスタークラスも開かれる。アメリカやメキシコからも演奏者が来るそうだ。そんな国際的な場に招待され、マスタークラスはレッスンを行うという貴重な経験。

このフェスティバルは現代音楽にもオープンで、今年は4曲の世界初演が行われるそうだ。

私はシュタインモデルの楽器にてソロリサイタル。

クラシックな作品に加えて、マルドナド氏の現代曲も披露する。

マルドナド氏の作品は以前演奏した事があり、作曲家にもミラノに会いにいき、録音を聞いてもらった。

いつか私のために作品を書いてくださる、と約束してくださってその日を心待ちにしている。

フォルテピアノはその当時の作品を演奏するのは楽しいのはもちろんだが、現代曲でも楽器の特性とマッチして「響き」として聴いてもらえたら古楽器での現代曲も素敵だ。

同じプログラムでアムステルダムにて7月21日に演奏予定。

自分のシュタインモデルのフォルテピアノで弾くので

お近くの方はどうぞ聴きにきてください♪

アトリエコンサート

前回のポストが「運河が凍った」とは、なんと怠けたことか。。。。ド反省。
春が来て、夏が通り過ぎ、もう秋。
たくさんのことがあり、毎日飛ぶようにぎっしりとした時間が過ぎていった。

6月のことになるが、大事な催し物だったので書きたい。

アトリエコンサートをチェロのNina Hitz とヴァイオリンのHeleen Hulstと企画。昨年始めより、スェーリンク・コレクションという元はRien Hasselaar (リン・ハスラー)氏の所有だった楽器のコレクションの運営委員の一人にならないか、と言われてお手伝いすることにした。

ハスラー氏は2000年に突然他界され、そのあと公の団体として、彼の100台近くにのぼる、スクエアピアノやたんすに見えるようなオルガン、そしてグランド型のフォルテピアノの数々、仕事場のアトリエの機材や道具、修復のためのマテリアル、等がそのまま保存されている。

今ある場所がアムステルダムの街の中、運河沿いの一等地の4階という隠れた場所にある。
だいたいそんな高いところに、どうやってたくさんのピアノを運び込んだか。。。
これはオランダ人の得意とするところである。

入り口は日本でいう4階なのだが、中に入るとさらに3層の階になっていてかなり広い。
寝せて並べられたスクエアピアノを含め25から30台の楽器がここにある。
ほとんどに白い布がかぶせられたまま、まるで墓場のような印象である。

このコレクションは、長いこと教育にも携わったリンさんが、教育に役立てて欲しいという当時からの願いより、アムステルダム音楽院のフォルテピアノ科の学生が勉強に使わせてもらっていた。自分も含め、オランダのアムステルダム音楽院でフォルテピアノを主科、副科で学んだピアニスト達が練習していた楽器である。

音楽院がアムステルダム駅近くに引っ越しをした2008年、旧校舎には大きな部屋が二部屋と、修復などに使われていた部屋があったのに、新校舎内にはフォルテピアノを保存する博物館的な場所は設計に含まれておらず、行き場がなくなった。

そして、Rijswijkという町の貸し倉庫に約40台の楽器が行くことになり、現在にいたる。
数台の楽器が、Geelvinck Hinlopen huis という博物館に貸し出しをされ、演奏会にも使われている。そこでも私も様々なお手伝いをさせていただいている。

リンさんが生きていた当時からの面影が残っているのが、彼の自宅兼仕事場であった、このアトリエである。その後、一度楽器の修復がアトリエで成されたきりで、アトリエはほとんど使われておらず、ピアノのほうは、許可を得た元学生が時々練習に訪れるのみである。

主にアムステルダム音楽院のフォルテピアノ科の学生が、学校の練習室が足りないときにここで練習させてもらえた。時にはレッスンにも使われていた。

それ以来私もたまにさらいに行っていた。
アンサンブルでほかのミュージシャンと来ると、皆すごく驚く。
「なんだ、この場所は!すごい!」

アトリエってそもそも木の香りがして、木屑が散って、様々な道具が器用にスペースを使って収納されて、職人さんの聖域みたいな所である。楽器メーカーさんのアトリエを訪れるのはいつもわくわくする。道具を見て、わかるわけでもないけれど、職人さんの器用さってきゅんとするものがある。

前置きが長くなったが、この小さいスペースで15人まで限定のコンサートを2回行った。
目的はより多くの方にこのコレクションの存在を知ってもらいたいこと。今後の生き残り方を模索する中、経済的にもサポートしてくれる個人や団体、財団を探している。来てくださったお客さんもとても熱心にアトリエを見たり、話を聞いてくれた。

しばらく弾かれていなかった楽器を、調律していくうちに目覚めていく過程を体験するのは嬉しい。今回弾いたピアノDohnal(ウィーンのグランド、1830年頃のもの)は、学生時代よく練習に使われていた安定した楽器であったが、コンサートの前2ヶ月くらいには調律もとても不安定で鳴りも乏しかった。でも数回行くうちに、コンサートの2、3週間前には週に2、3回すこしづつ調律して、ピッチが次第に変化しなくなってきた。弾きこんで楽器も鳴るようになってきて、これが使われていないのは、もったいないなあ、というふうになる。
楽器が眠っていたのである。人知れず埋もれている楽器がゆっくりと元気になり、コンサートでスポットライトを浴びる瞬間。ピアノのためにもやってよかったなあ、と思った。

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シチリアの調律騒動

先週は4日間、イタリア、シチリア島で過ごした。
チェファルという町でギターのダリオ・マカルーソと演奏会があり、シチリアに住むダリオにしょっちゅうは会えないので、様々な曲のリハーサルも予定して余裕をもって木曜日の到着だった。

出発前日に、リハは金曜日とコンサート当日の土曜日の9時から午後4時までできるようだと聞く。到着した木曜日の午後は私のフリーな一日となり、強い日差しの中で美しい町並みと海、静かな時間、雨降り続きで曇り空のアムステルダムとのギャップの大きさにゆっくり身体を慣らしながら、心を空っぽにして海岸で波を眺めていた。

金曜日の朝9時にホール前でダリオと待ち合わせ。
ダリオが「誰も来ないのでは、という予感がする」

そんな。。。?!何を言っているのだ。
オーガナイズの方が「リハーサルはできないよ」と一度言っていた、という話を聞いた。でもダリオがそれでは困る、とがんばりなんとか二日間の同意をした。

ところが誰も来ない。。。

ダリオがオーガナイザーに電話して、地元のホールのドアを開けてくれる人に連絡を取る。なんとか連絡がついて、10時頃に開く。

ピアノを見ると、修復したてのような、ぴかぴかの外装のJosef Simon がカパーをかけられてステージの片隅にあった。鍵盤は開いたが、鍵がかかっていて調律をする部分のピアノのふたは開かない。どうやって調律するの?

Josef Simon (ca 1840) Viennese piano

しばらくしてホールのステマネ(?)のおじさんが鍵を見つけてくる。

低音がとても狂っており、いくつかの音は半音ほど違う。
ピアノの調律は?

「カオル、ピアノの調律は今日の4時に来るって」

だってリハーサル4時まででしょう?!?!

狂ったピアノでは2、3時間弾くのが集中力の限界だった。
狂った音をタッチしないように、一オクターブあげてみたり、音をぬかしたりしているうちに音楽に集中できなくなる。ダリオも私も絶対音感がなく、ピッチがわからない!
430よりは高いような気がする。ダリオは430に合う、弦を持って来ていたのにそのピアノの鳴りに合わないようで、さらに狂っているので神経にさわるようだ。

また半日フリー。。。。


劇場の客席に面したドアを開けると、直、海!

こんどはマンドラリスカ美術館やドゥオモも見る。でもあまり歩くと疲れるので、早めに夕食。アパートに戻り、子供のマフラー編みに集中。。。
こういう時、本を読む気もしなかったり、観光する気もなく自分の家でない場所で過ごすのに、編み物はびったりの新しい趣味である。

その日の4時に来た調律師は実は地元に住むピアニストで、調律もできる、という方だった。次の日に1時頃から30分ほど演奏するので、調律をしてその後ヴァイオリンとリハーサルするという。だから土曜日は1時半頃から使っていいよ、と。

ということは結局コンサート当日の1時半からの数時間が私達に残された時間。
でもまあ、新しい曲は一曲だけであったので、なんとかなるだろうか。

1時前頃に行って、そのミニコンサートをチェック。
ひどくピアノが狂っている〜〜〜〜〜

なんだか心が乱された。
彼の演奏後、直談判に行く。「お願いだから、調律ハンマーを貸してください。このピアノで私達のコンサート、今晩するのは不可能です」

「でもボクこのハンマーこれから使うから貸せないの」
「それでは困ります!」
「1、2時間でもいいから、使わない時間があったら、貸してくれませんか?」
「じゃあ、5時に取りにくるから、それまで使っていいよ」

彼も調律がひどいことはわかっているらしいが、目の前でちょっとまって、と直していた一音もオクターブが合わないままで、さらに中から高音域は昨日よりひどい。
「今ホールに人が入っていて気温が上がり、湿気もあがっているからすぐに調律しないほうがいいよ」と。

その通り。。でもダリオがくる前に少しでもまともにしておかないとまたリハにならないので、調律から始める。1時間半集中。。。。6オクターブ半の慣れない楽器とハンマーな上、最初の1オクターブの割り出しもなかなか安定せず、時間がかかる。終わってから気がついたが、ピンが緩んでいる音がいくつもあり、調律しても戻ってしまう音もある。でも昨日よりはマシな状態に一度戻す。付け加えると、すべてのA(ラの音)が違い、どのピッチが430なのか分からず終いで、彼が昨日合わせたという真ん中のAにあわせた。

ダリオと3時半から1時間ほどあわせると、ピアニストの彼がハンマーを取りに戻ってきた。ちょうどピアノもまた狂い始めた音もあり、待っていてもらって15分だけひどい音だけ直す。

でもでも、、、これでやるしかないのか?!

20ー30分もう一度いくらかリハをして、さあもう着替えなきゃ。。。

開演15分ほど前に、オーガナイザーグループのエレガントな老紳士や関係者が次々とご挨拶に来られた。4人くらいは来られただろうか。
心の中では「お願いだから集中させてくれ。。。。。!」

コンサートはテンションをあげて、集中して演奏。
お客様もまあまあ入り、キャパ200ほどの劇場の一階席はほぼ満席のようで良い雰囲気のコンサートになった。とても喜んでいただくことができアンコールも一曲演奏。

ただ狂った音はもうどうにもできない。

プログラムの後半になりもっとひどくなってきた低音もいくつかあった。

ピアノという楽器は調律ハンマーがないとどうにもできないところが非常に不便でもある。

でもでも、この企画はどうなのでしょうか?!

とくにオリジナルの楽器の場合、保存状態と何ヶ月も弾かれていないのか、使われているのかによって大きく変わる。後から知ったのは、数ヶ月間誰も弾いていないフォルテピアノであった。オリジナルで演奏会がある場合は、最近弾かれていない楽器、ということもあるので、早めにいって楽器と知り合い、目覚めさせて、お友達になってから演奏会に望みたい。できれば、リハーサルを始める前に一度調律しておいてもらいたい。。。。そして演奏会の直前にも。これは贅沢だろうか?!

調律師が手配されなくても調律ハンマーがこの町にあったのならば、わかっていれば自分で木曜日に一度調律することもできた。(したいわけではないが、狂ったピアノよりはいい)

企画の方々は挨拶に来られて「調律のこと、アイム・ソーリー。」口々に話していた。チェファルでの毎日は怒る気にもならず、自分の集中力が乱されないように必死だった。滞在して素晴らしい町も見ることができた。120年ほど前に建てられたという会場は、劇場で素晴らしかった。裕福な町なのだろうか。調律が、、、と真剣にかけあったところで「のれんに腕押し」みたいなことは目にみえる。シチリアには独特な時間が流れていて圧倒的な島のパワーみたいなものがあって、許してしまうというのか、あちらのテンポにあわせるしかないのである。

ヨーゼフ・シモンは修復された、素晴らしい楽器だった。きちんと調律した状態で聞いてもらえなかったのがとても残念である。またぜひ再会したいなあ。

この4日間で完成した息子へのマフラーがもう一つのひそかな喜びであった。

コンサート中のハプニング

日曜日のオランダのドレンテ州にある町、メッペル(Meppel)でスタバト・マーテル(ペルゴレージ原曲ーバッハ編曲版)のランチコンサート。
この4月はカメラータ・アムステルダムという室内オケの通奏低音で参加させてもらっている。

スタバト・マーテルの最後の楽章 ’アーメン’ でホール内の照明が消えた!!
一瞬ざわついて、、、でも「ここで止まってはいけない、、、、」とできる限り弾き続ける。
幸い同じフレーズを違う調で繰り返すような部分だったので、なんとか最後まで行き着いた!2、3分だったか。

皆ちょっと間違いながらも、、、。ソプラノとアルトの二人は「アーメン」の歌詞のみだったから、グッドタイミングなハプニングだった。
もしもっと曲の真ん中で照明が消えていたら、、、コンサートを終了できなかった欲求不満で夜眠れなかったに違いない。

原因はメッペルの町中で起こった停電。

お客さんも、ステージの音楽家12人あまりも終わると同時に、大爆笑となり、大きな拍手をいただいた。

こういう経験数回したよ、、、というコンバスのロシア人ボリスや、指揮者もチェリストもこんなのは初めての経験だ、、と様々。

あー、びっくりした;;;

お琴とフォルテピアノの出会い

 
 この演奏会はフォルテピアノが演奏会で頻繁に使用されている、数少ない場所でもあるヘールフィンク・ヒンローペンハウスという博物館にて行われた。1787年製のブンテバルトというテーブルピアノに、19世紀初期のブロードウッドのテーブルピアノ、それに1848年のロンドンのエラールという3台が現在演奏会で使用可能である。元々は、アムステルダムのコンセルバトリーに常設してあった、スウェーリンク・コレクションというフォルテピアノコレクションからの楽器であったが、音大が引っ越しした後に楽器コレクションの置き場はなくなってしまったため、コレクションは現在ではいくつかの場所に分散してしまった。

 この博物館にもらわれた(置かせてもらっている)3台はとても幸運な楽器である。今では移って来た当時とでは比べ物にならないぐらい、命が甦り、声を発し、歌を歌えるようになった。最初の頃の半分眠った、ちょっとふてくされたような楽器が、笑顔になったように感じる。
 楽器の調整はまだする余地はあるが、フォルテピアノの学生から卒業生まで何度も演奏会に使われ、愛情を注がれて、17世紀そのままのような見事な内装の建物内で、絵のように美しく納まり、でも活きた音楽を奏でられている。

 
 現在3月末までの「日本展」の一環で、昨年ダイレクターの方に何か日本の楽器を取り入れた演奏会をしたいのだけれど、良い案はないかしらと相談されたのが始まりだった。最初は邦楽の演奏という案も紹介したのだが、結局フォルテピアノと共演してしまったらどうか、と思った。
 お琴はピッチの問題はA=410だろうが440ヘルツだろうが何でもすぐに変えることができ、調律法もフレキシブルであることがわかった。だが、まったく文化背景の違うところで育った楽器。デュオは可能なのだろうか?! という疑問で一杯だった。

 一柳慧氏の作品がすでに存在するらしい。それはエラールで演奏してみよう。
さらに、あと4ヶ月ほどしかないというところで、どなたかこのデュオのために作品を作曲してくださる方はいないだろうかと探した。オランダ人女性作曲家のミランダ・ドリーセンさんが約束できないけれど、実験的にぜひやってみたいと快くお返事してくださった。そして、曲が間に合った!

 ミランダの作品はテーブルピアノのために作曲してもらった。5オクターブの楽器で、ダンパーとリュートストップ、さらにテーブルの右半分の上部のふたが開閉できるタイプの楽器である。

 ミランダの作品はシンプルでコミカルなイメージが最初と最後の自由なダイアローグ的部分に挟まれている構成である。それぞれの楽器の奏法を生かした作品で、特に彼女の指定した調律法によって和音の響きが面白くなる!

 調律法は独特のもので、ここで全ては書かないがよくこういう調律法まで考えられるのだなあ、と感心するばかりである。
 

 ただ、、ただ、、、調律に約1時間はみる。。。前日にも一度、当日の朝と直前にもダブルチェックした。。。さらにこの調律法にすると、ハイドンのソナタは弾けなくなった。。。のでプログラムも実はこの作品をいただいた後に変更した。ドレミファソ、、、が普通のドレミ、、のようには鳴らない。

 一柳氏の作品とは全く違うキャラクターであり、どちらも演奏することによって、とても幅のあるプログラムとなった。

 リハーサルしてみると、お琴はとてもシャープな音から柔らかい音、爪を使うのも使わないのも可能、強弱もエラールのグランドピアノに負けないフォルティシシモからテーブルピアノにぴったりな音量にできたりと臨機応変。
「びーん」とか「じゃじゃじゃん、、、」という爪ではじく、腰の入った日本的な響きはかっこいい!

 結果、大好評に終わり、お琴とフォルテピアノの素晴らしい出会いの日はたくさんの方が聴きに来てくれて、皆で共有できたことがとても嬉しかった。特に、素晴らしい曲を作曲してくださったミランダ、ありがとう!

 

 (3月21日にミランダの曲は再演予定。同じ場所で4時から。25分くらいのプログラムなのでたくさんはできないが、もしご都合のつく方はどうぞ!プログラムの半分はオランダ人女優二人による「枕草子」劇である。)