オランダの小学校1

4歳になる息子が5月半ばからbasisschool (basic school)に行き始めた。

オランダでは4歳の誕生日を迎えると学校が始まるので、各自入学の時期が異なる。

最初の2週間はお試し期間で、午前中で迎えに行ってもよいが、その期間が終わると、平日は9時始まりの3時15分終業。(学校によって少し違う)水曜日のみは1時終業の半日、が一般的である。

6歳からが義務教育なので、最初の2年間は日本で言う、幼稚園のようだ。

今やっていることは、デュプロやパズル、積み木、絵をかいたり工作、体育、先生を囲んで床に座って先生のギター伴奏で歌ったり、絵本の読み聞かせをしてもらったり、天気の良い日は校庭で遊ぶ、というようなものらしい。

うちの子供は、最初のうち、ばいばいするときに泣いた。。。

でも慣れた先生が子供の手を取ってくれて、3週間目ぐらいからは泣かなくなった。

午前中の休憩用に、果物を一つと飲み物を持参するように言われた。持って来た果物は教室の中の大きなフルーツ皿に盛るように言われた。後でわかったのは、持ってきたものを食べるのではなく、おやつの時間に先生がまとめて切り分け、配ってくれるそうだ。なんだかオランダらしい。リンゴ、梨、バナナ、オレンジいろいろなものが入っている。

お弁当づくり、というものが始まった!

茶色いパンのサンドイッチをよく残す〜

他のオランダ人皆が食べてるようなサンドイッチ。

おにぎりのほうが、やはり好きらしい。

ココアパウダーでこんな努力もしてみたが。。。

Anpanman bento

白いパンでも具によって食べず、あとは他の子が遊びに飛び出すともう食べるのをやめるらしい。でも全部食べてくれたときの喜び!こんなに嬉しいものだとは思ってもいなかった☆

運河が凍った!

2月最初の週末確か3日の金曜日に雪がたくさん降り始め、4日は真っ白の銀世界になった。
零下が続き、この調子で2週間行けば、15年ぶりにエルフステーデントホト (elfstedentocht)「オランダ11都市スケートマラソン競技」が行われるかもしれない、と期待に胸を膨らませたオランダ人も多かった。運河の氷が15cmの厚さになったら、決行されるそうで、この15年の間そこまで凍ったことはない。これは運河を伝って11都市をまわるスケート大会である。

それでもこの週末(10、11、12日)は街の中の運河が凍って子供から大人まで皆、普段は上から眺めている運河に降りて、散歩したりスケートしたりと楽しむ人でにぎわった。

運河にうかぶ船の家に住む人たちが、ドリンクサービスする場面も。。。。
温かいココアやブランデー、スープを売っていた。即席カフェで皆でこのわくわくする凍った運河での休日を楽しむ。

プリンセングラハト(運河)の上を歩いた後は、西教会の近くにある、最近リニューアルオープンしたチューリップミュージアムへ。ここは知人の日本人女性建築家、根津幸子さんが内装を手がけていて、明るくてかわいい雰囲気。ここには春が。。。

今日のお隣さん

今日、メンデルスゾーンのピアノトリオ、ニ短調の一楽章をハイテンションで一人で練習していた。
実は、生徒が来る少し前だったので、部屋の空気を入れ替えながらと思い、窓も少し開けて、廊下に通じる部屋のドアも開けて。外は雨だし、誰にも何も言われないので(!?)時々窓開けて弾いている。もちろん近所迷惑な話なので、ときどき、ちょっとだけ。(外は10度以下で長いこと開けていたら、フォルテピアノによくない)

ふと手を止めると、同じ音楽がヴァイオリンとチェロパートつきで、聞こえてくるのだ!
え、え、え、どこから聞こえてくるのか?
誰かがCDを聞いている。

このピアノの部屋を10年以上使っているが、こんなに聞こえてくる程の音量でクラシックを聞く隣人は知らない。

同じ曲の同じ楽章を?!

ふとみると、開けたドアの所に見知らぬおじさんが。。。。。。。!
‘Fantastic!’

と親指をあげてにこっと笑い、見てる。

‘Do you live here?’
と弾きながら聞き返すと、(そんなにしゃべれる余裕のある曲ではないので、とっさにこう聞いた)手振りで、いいから続けて、気にしないで続けなさい、という様子で部屋に戻っていってしまった。
この1年ほど、私の隣の部屋はホテルとして貸し出しているようで、週末などに毎回違う観光客らしき人が2、3人で泊まっている。そのおじさんもきっと短期滞在で来たのだろう。

そのうち生徒さんが来て、そのレッスン中にそのおじさんが外に出て行くのが聞こえた。

それにしても、旅行中にたまたまメンデルスゾーンのピアノトリオといういつも、誰でも聞くような曲ではなさそうな音楽を持って来ていて、ホテルと思っていたら隣の部屋からいきなりがーっとうるさい生のピアノが聞こえてきたら、その人もさぞかしびっくりしたことだろう。それもお気に入りの、曲が?おじさんもCDを聞いていて、私がたまたま同じところを弾き始めたのだろうか?!
こんな偶然があるなんて。。。。

同じ曲つながりという偶然から、そのおじさんともっとお話したかったが、レッスンの後私は次のレッスンに出て行って、今日は会えなかった。また明日も滞在していたら会いたい。

シンタクラースのお祭り

オランダの12月5日は年間行事の中で、女王誕生日についで重要なシンタクラースの日。いうなれば、クリスマスよりも大事な行事である。主に子供のためのものだが、大人まで様々なやり方で祝い、楽しめる。

シンタクラースは日本語のサンタクロースに響きが似ているが違うもので、サンタクロースはオランダ語では kerstman (Christmas man)になる。

シンタクラースは黒人ピートをお供に連れて、蒸気船でスペインからやってくる。
11月の半ばに、「今日、オランダに到着しました」という日が毎年新聞、テレビで報道されて、その日から12月5日まで滞在している。シンタクラースは大きな本を持っていて、そこに名前の載っている良い子のところにきて、プレゼントをくれる。

子供達は、シンタクラースが乗ってくる馬のために、にんじんを靴の中にいれて、暖炉(煙突からシンタクラースが入ってくるので)の所に置いておく。シンタクラースが来ると、ペーパーノーテンやスペキュラース、アルファベットのチョコレートというお菓子をにんじんの代わりに入れておいてくれる。また、シンタクラースはそれぞれの子供に合った内容で、詩を残してくれたりもする。

その詩は韻を踏んで作るのが特徴で、大人になってからグループでパーティをする場合は、誰かにあてて詩を作ってきてプレゼントに添えたりする。

うちの旦那の場合は、子供の頃いつも詩が入っていて、そこには ‘Sint & Piet’より、というサインが Sint と、Piet 違う手で書かれていたという。

去年はまだ何もわからなかった息子も、今年はシンタクラースのお話をちゃんと理解している。シンタクラースの歌もたくさん保育園で習って歌えるようになった。この時期、親のいうセリフでよく聞くのは、、、「いい子にしていないと、シンタクラースからプレゼントもらえないよ」。。。うちもそれが効果あり。

12月5日の ‘pakjesavond’(プレゼントの箱を開ける夜)には、大きな袋のなかから家族それぞれにあてた、プレゼントがぞくぞくと出てくる。(誰が準備したのか?!)

おかげでいい子にしていたのでたくさんのプレゼントをもらって大興奮であった。

子供がいないときによくオランダ人のピアノの生徒さんの親から「シンタクラースの歌をピアノで弾けるようにしてくれませんか」というお話がよくあった。どれだけ大事なのかというのが、子供を持ってやっと一緒に実感できた。このお祭りのいいところは、宗教的ではないオランダ独自のものであるところだろうか。シンタクラースにまつわる楽しい歌もたくさんある。詩を作ることによってそれぞれの個性を考え、頭をひねる。

オランダ中の子供達にシンタクラース一人でプレゼントを配るのは大変なので、「お手伝いシンタクラース」「お手伝いピート」がたくさんいる。この時期になると街の中でお店や市場をうろうろしていたりするのが、楽しい。

コンサートのドタキャン

昨日のロッテルダム、WORMでのコンサートはまさにドタキャン。
リハーサルのため会場に到着10分前に電話が。。。
「今日のコンサートはやらないことになったよ」

え?!?!

信じがたいのと電車の中で高まって来た緊張感がどこへ行ったらいいのかわからない。

理由は、新しい場所に移転したWORM が、建物のチェックや様々な許可が金曜の夜に警察官が見に来ておりたけれど、それを書類にもらっていない限りは何もやっちゃだめ、、、とのこと。

土曜日のパフォーマンスも直前キャンセルになったらしい。

土曜日の午後に移動した私のフォルテピアノは使われないまま、日曜日にUターンした。もっと早く教えてくれーー!!!

お客さまへのお知らせなどでしばらくどたばたしたが、皆で経費でお茶させてもらい、わーっとしゃべって心をおさめた。
それにしても、どんなことになってるの!? 
面白い企画が多い場所なので気に入っていたけれど、これはスキャンダル。。。

「今日のコンサートキャンセルになったの」とその日に何人かに話したが、二人のオランダ人が「え?天気がいいから?」と反応。

二人もです。今週は最後の夏日のような24度−26度という快晴の日が続いた。
太陽が出ると、オランダ人は真っ先に日光浴のため外に出たり、カフェのテラスでビールを飲むのが普通なので、それでコンサートに行くのをやめるお客さんが多すぎて中止になったのだろう、という推測からくる反応である。

新しい日程でプログラムは上演予定なので、無事に演奏できることを祈る。

2歳児の大きな経験

この夏7月に実は、2週間だけ2歳の息子を連れて日本に帰った。
とっても楽しい日々で、ちょうど地元の夏祭りもやっていて夏らしい日本を満喫した。
印象に残ることはたくさんあるらしく、
「お祭りも見たねー」
「アイシェ食べたねー」(アイシェはアイスのこと、オランダ語の子供ことば)
「ばーばに会ったねー」
「飛行機に乗ったねー」
「かーん、かーん、かーんって踏切見たねー」

断片的な思い出を一ヶ月半たった今も、幾度となく言葉にする。

オランダ人の親戚や保育所の先生にも、「ボク、日本に行ったの」「飛行機乗ったの」と開口一番に未だに言う。(オランダ語で)よっぽど飛行機に乗って、違う文化の日本という国に行ったことが強く印象に残っているらしい。

その後、ちょっとした問題が起きた。
約2週間、保育所生活に慣れなかった。週に3回保育所に預けているが、3週目の終わりになって、やっといつもの息子らしく楽しめるようになった。とくに2週間の間は、オランダ語を「一言も話さなかった」日もたくさんあるそうで、話しても「飛行機」または「Nee!」(オランダ語のNo!)のみ。泣いてばかりで、ご飯も食べたがらず、皆とも遊びたがらず、先生の膝の上で「ママー」と泣くばかり。
一度は保育所から電話があり、早めに迎えにいった。

かわいそうだった。日本に行く前の一週間、主人が出張で一週間いなかったので、日本語のみの生活を3週間ほどしたのだが、その後、オランダ語がどこかへ飛んでしまったのである。口をついて出てこないのは、自分でもつらかったに違いない。

夏休み中で、保育園の大の仲良しのお友達もちょうど休暇でいなかった、というのもあるようだ。なじみの顔もなく、オランダ語で遊ぶ気もない、、って。

先生には「日本ではパン食べないんですか?」と聞かれた。
前は食べていたのに、昼食のサンドイッチを食べたがらない、と。

日本でパン食べるけれど、オランダのパンとは見た目も色も味も違って、子供はなかなか日本でのパンを食べなかったので、おそばやうどん、ご飯が多かった。

でもお友達が戻って来たり、慣れて来たりと、3週目の終わりには元の息子になり、お外でも遊ぶようになり、お昼のオランダのチーズのサンドイッチを食べ、歌を歌ったりするようになった。

バイリンガルで育てる時に、こんなこともあるのだなあ、という経験。
でもまたすぐに、オランダ語が優勢になるのだろう。。。

オランダの文化、芸術への予算削減

オランダの国会は、2013年から2億ユーロ(日本円で約230億円!)の文化、芸術への予算を削減することを決定した。
日曜日の夜、ロッテルダムからハーグまで「文明の行進」(mars der beschaving)と名付けたデモ行進が行われ、約7000人の人々、音楽家のみならず、俳優や博物館、シアター関係者とにかく、反対する気持ちを表すためにたくさんの人が参加した。
さらに、4万人以上の署名を集め、嘆願書まで出した。それらのお誘いのメールもいくつか知人から届き、署名のみ参加した。
月曜日にその論議が行われることになっており、その前に行われたこれらのデモ。
それにもかかわらず、昨日この予算削減が実行されることとなり、とてもとても、失望。

これによって、国からの補助を受けている多くの、オケやアンサンブル、フェスティバル、作曲家達、シアター、文化施設が打撃を受けるのみならず、小中学校の生徒達の博物館や観劇というこれまで行われていた文化的な企画もただで鑑賞することはできなくなるそうだ。
すでに、小さな村の図書館が閉鎖されたりもしていて、なんて残念なことだろうと思う。

フリーランスのアーティスト達にとっても、ただでさえ日々の生活をまかなうのが、大変なことなのに、仕事を失う人、減る人たちが増えるのは必須であり、それによってクリエイトされるはずのものがされなくなる。
感動を与えて、受け取る場が減ることは未来の子供達の情緒の育成にもかかわるだろう。

このところの経費削減では、身体障害者への補助が削減されたりもあったりと、弱い人の立場まで無視されているように思う。

(このニュースの日本語)
http://www.portfolio.nl/nlnews/archives/cat2/

(デモの様子)
http://nos.nl/video/251625-duizenden-demonstreren-tegen-kunstbezuinigingen.html

この決議に負けずに、私たちはできる限りアートを続けていきたいと思う。
政府の援助が減ったら、規模が小さくなるのは目に見えている、、、、ボランティアもしなければ何も始まらないだろう。

まわりにたくさんたくさんいるアーティスト達は、何もないところから何かを創りだしている。
それで感動を生み出す場を作っている。

普段このブログの更新も遅れているが、今日ばかりは何か書かずにはおれなくなった。

ポッポの赤ちゃん

3月の半ば頃、ベランダの鳩の巣の中に、新しい卵を二つ発見。
今年の冬には、寒くてベランダにしばらく出ないうちに、一羽の雛がかえっていた。

そのときは巣があったことすら知らず、発見した時点でずいぶん大きくなっていて、「あー、いつのまにか巣を作られ、赤ちゃんまでいる!」と思いきや、そのうちに巣立っていった。
最初は鳩がうちで産まれるなんて、ちょっとラッキーなシンボルかな?なんて思ったが、主人いわく「それは白鳩のことだろうー」このグレーの鳩はただ汚していくだけで、しょうがない、、、なんて迷惑がっていた。

新しい卵を発見したときに、処分しようと思って、つかんだ。

そうしたら、温かかった!
まだ生きているんだ、、、捨てられなかった。


その雛も無事に孵った!

我が家では「ポッポの赤ちゃん」を毎日のように眺めて、楽しんでいる。

子供も朝起きて、「ポッポの赤ちゃん、見る〜」と日課になり、一緒にベランダに行く。

「大きくなったね〜」
「大きくナッタネ〜」

「お母さんハトがいるね」
「おかーたんハトがいるねっ」

「さ、もう寒いからドア閉めよう」
「さ、もうさみーからドアしめよ」

なんでも言葉を真似するもうすぐ2歳の息子だが、自分から「ポッポの赤ちゃん見よー?」と問いかけてくるか、あるいは「ポッポの赤ちゃん見るよー」というと、いさんで走ってくる。

おかしなもので、毎日くるこのポッポのメスとオスの両親が顔なじみになってくる。

そうすると無数にいる公園のハトの群れのそれぞれの顔が違って、うちに来るハトが混ざっていたら顔を認識できそうな気がする。

最初は親鳩がかわりばんこに赤ちゃん2羽の上に座って、温めていたが、最近は母鳩がエサを持ってきて、声を出して赤ちゃんは「ピーピー」と鳴くようになった。

ここ数日は、半分立ち上がっていたりするので、巣立ちの日が近いかもしれない。

そうしたら親ハトの役目はおしまいだね!

マルメロの実

オランダは駆け足で冬に向かっている。

もっと街路樹が黄金色の葉で一杯だった10月半ばの話になるが。。。プレゼントにこんなジャムをいただいた。

‘Kweeperen’ とは何だ?
この果物のジャム(ゼリー)だよ、お庭で取れたという果物を一緒にくれた。

見た事ない。。。カリンかな?とも思ったが、辞書で Kweepeer を見ると、「マルメロ」とある。

マルメロって、日本では見た事もなかった。聞いた事はあるような気もするが。。。
この果物から、部屋中に甘い香りが強く漂う。ジャムは少し甘酸っぱい。
くれた方が、子供の頃、庭にマルメロの木があって、これを見ると母が秋になるとジャムを作ってくれたことを思い出す、と話していた。

私にとっては、秋といえば、田舎の庭になっている柿。
オランダでも美味しい柿が食べられる。

オランダでは柿は外国の果物で、シャロンフルーツ、またはカキ・フルーツとも言われる。
この果物になじみがなく、買わない人も多いようだ。この甘くて美味しい味を知らないなんて、もったいない。

この時期になると、オレンジの大きなカボチャもたくさん出回る。毎年恒例のパンプキン・スープを作っている。

旬の果物や野菜を食べるのは、幸せ。。。
サンマがないのが、ちょっと寂しい。

生徒さんのお話

夏休みが終わると、生徒さんのレッスン再開。
私のピアノお稽古場はコンセルトヘボウの楽屋入り口につながる通りにあり、とても贅沢な地域である。
幸い家賃が上がらない契約なのがありがたい。

その地域の近所に住むオランダ人M君はうちにもう数年レッスンに来ているが、何せこのアムステルダム中心地の旧南地区 Oud-Zuid (Old-South)に住む裕福な家の男の子で夏休みのみやげ話もいつもすごい。

今13歳だが、小さい頃はいつも オペア(Au Pair)と呼ばれる住み込みの子供の世話をするお手伝いの人に連れられて来た。
歩いて1分のところに住んでいても一人で歩かせないためである。3人兄妹で両親が共稼ぎ。そんな家族は家の中に一部屋余裕があると、お手伝いさんを住み込ませる。その家族に来ていたのはポーランド人で、住み込みしながら、英語の勉強に来ていた25歳前後の女性だった。

小さい頃から、夏休みが始まるとすぐに飛行機で外国へ。イタリアや南仏というのはもう、よくある話で、彼らはタイやニューヨークにも行っていたし、この前の冬は北極の側まで行って北極クマを見てきたそうだ。
2月の最後の週のクロッカスホリデーにはほぼ毎年スキー合宿。

今年はアリゾナ州のグランドキャニオンに家族で数週間と、ロンドンにクラスメートと一週間英語の勉強とスポーツを毎日するコースに参加したそうだ。
習い事はテニスにサッカー、前は柔道もやっていて、そしてピアノ。一時期はキーボードの打ち方をコーチする人が家に来ていた。すごく凝った飾りのついたTシャツを着ていたり、太陽の光が強すぎないように調節する眼鏡をかけていたり、とにかく頭もよく、お洋服もかっこよく、お話も上手でスポーツマンな秀才君だ。(いかに練習できなかったか、の説明もうまい)

オランダの学校の夏休みには宿題が出ない!
そして皆、家族と数週間ぎっしりキャンプに行ったり、旅行に行ったりする。
M君の場合、長期休暇でなくてもほぼ毎週末、郊外にある自然に囲まれた別荘に行き、おじいちゃん、おばあちゃんにもそこで合流したりしている。

小さなうちから世界中のあちこちにぽんっと旅行して、様々なことを経験しているだけあってスケールの大きな子である。
オランダ人は質素で倹約、あまりおしゃれに興味がない、というイメージもあるが、普段は倹約して、夏休みには長く休暇を取り、思い切り楽しむ。そういうメリハリが合理的だけれど、オランダの良い面だと思う。

日本ではなぜ夏休みにあんなにたくさん宿題があったのだろう?
水泳教室や、学校に行く日もあったりと、学校から完全に離れるときがない。親にとっては夏休み数週間子供達と旅行、というのは楽しみでもあるが、仕事を休むことになる。

私は家族で旅行をした、という思い出が少ない。
近所の公園で父や弟と遊んだ事、父のジョギングについていって毎週走った頃のコト、茨城の祖父母の家に行った事、家族でデパートへのお買い物。。。北海道の祖父母の所へ何度か行って大自然に触れたことは強く印象に残っている。それは多分、数日、と長かったのであちこち出かけた。

オランダ育ちのうちの彼には、「君はホリデーを経験したことがない」と言われる。

私の育った環境はあまり旅行はなかったが、父の転勤で大阪や岡山県にも住んだ。それで違う地域を体験したのは今思うととても貴重である。子供ながらに言葉を変えて話し、気候や人々、校風の違いに驚いた。

日本は長期休暇の習慣はヨーロッパほどは根付いていないだろう。
オランダ人に教え始めた頃は休暇の多さがいやだったが、最近ではゆとりの取り方を学ばされる。
オランダ人の子供はとってものびのびしていて、自発性と個性が強い。
休暇が多いからといって、上達の仕方がすごく遅れるわけでもないのだ。