「夜の魔女」プロジェクト

4月の27、28日とアムステルダムのオルゲルパークにて面白いプロジェクトに参加した。Huib Emmerの’Nachthexen’ とAnne La Bergeの’Lonely Stats’という2曲の新曲発表。

第2次大戦中のロシアとアメリカのパワフルな女性、というのがテーマ。

私はNachthexenのオルガンパートで参加。

この曲は、3人のオルガニスト、トロンボーン、コントラバス、フルート、ナレーション、ラップトップ(電子音楽)のために書かれた。

Nachthexen「夜の魔女」とは、第2次大戦中にロシアでは女性パイロットがおり、ドイツにたくさんの爆弾を落としたが、レーダーから逃れる飛行機に乗り、音もなく現れて消えて行くのでそう呼ばれていた。姿を消す薬を飲んでいるのだ、という噂まであったそうだ。3人のパイロットとこのストーリーにインスピレーションを得た作品。

Lonely Stats(寂しい統計)の方は、アメリカの女性にまつわる。同じく第2次大戦中、男性が戦争に行ってしまいアメリカの野球界が人手不足となる。その頃女性のプロ野球チームが発足。その選手達のことがもとになっている。作曲家のアンネいわく、「野球は三振やストライクの数、スコア、すべて統計であり、数で比較されている」作品は、Nachthexenと同じ楽器編成で、オルガンは一人。コンピューターがサインを出したら、インプロヴィゼーションを始めたり、決まったフレーズを演奏したりする。’guided improvisation’ と呼んでいた。

オルゲルパークで、生まれて初めて、コンピュータつきのオルガンを見た!

実は、ハンスさんという方が、発明して作った世界にひとつの楽器だそうだ。

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楽器はホールの大きなパイプオルガンのパイプが共用されて鳴るので、音色は生のオルガンのまま。

私は19世紀後半のタイプの小型のパイプオルガンでホッとした。ストップのところに陶器の材質が使われていて素敵だった。モニターで指揮者を見る。

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ロシアの軍事ニュース関係の(?)テレビ局で翌日このコンサートのことが放映された。

http://tvzvezda.ru/schedule/programs/content/201005071133-4zo9.htm/201304291026-q4xl.htm

約8分45秒のところ。

タイプの違うパイプオルガンが四方の壁に設置され、とても贅沢感のあるホール!昔教会であったところを改装して建てられている。アムステルダムの中心地フォンデルパークに接する。

アトリエコンサート

前回のポストが「運河が凍った」とは、なんと怠けたことか。。。。ド反省。
春が来て、夏が通り過ぎ、もう秋。
たくさんのことがあり、毎日飛ぶようにぎっしりとした時間が過ぎていった。

6月のことになるが、大事な催し物だったので書きたい。

アトリエコンサートをチェロのNina Hitz とヴァイオリンのHeleen Hulstと企画。昨年始めより、スェーリンク・コレクションという元はRien Hasselaar (リン・ハスラー)氏の所有だった楽器のコレクションの運営委員の一人にならないか、と言われてお手伝いすることにした。

ハスラー氏は2000年に突然他界され、そのあと公の団体として、彼の100台近くにのぼる、スクエアピアノやたんすに見えるようなオルガン、そしてグランド型のフォルテピアノの数々、仕事場のアトリエの機材や道具、修復のためのマテリアル、等がそのまま保存されている。

今ある場所がアムステルダムの街の中、運河沿いの一等地の4階という隠れた場所にある。
だいたいそんな高いところに、どうやってたくさんのピアノを運び込んだか。。。
これはオランダ人の得意とするところである。

入り口は日本でいう4階なのだが、中に入るとさらに3層の階になっていてかなり広い。
寝せて並べられたスクエアピアノを含め25から30台の楽器がここにある。
ほとんどに白い布がかぶせられたまま、まるで墓場のような印象である。

このコレクションは、長いこと教育にも携わったリンさんが、教育に役立てて欲しいという当時からの願いより、アムステルダム音楽院のフォルテピアノ科の学生が勉強に使わせてもらっていた。自分も含め、オランダのアムステルダム音楽院でフォルテピアノを主科、副科で学んだピアニスト達が練習していた楽器である。

音楽院がアムステルダム駅近くに引っ越しをした2008年、旧校舎には大きな部屋が二部屋と、修復などに使われていた部屋があったのに、新校舎内にはフォルテピアノを保存する博物館的な場所は設計に含まれておらず、行き場がなくなった。

そして、Rijswijkという町の貸し倉庫に約40台の楽器が行くことになり、現在にいたる。
数台の楽器が、Geelvinck Hinlopen huis という博物館に貸し出しをされ、演奏会にも使われている。そこでも私も様々なお手伝いをさせていただいている。

リンさんが生きていた当時からの面影が残っているのが、彼の自宅兼仕事場であった、このアトリエである。その後、一度楽器の修復がアトリエで成されたきりで、アトリエはほとんど使われておらず、ピアノのほうは、許可を得た元学生が時々練習に訪れるのみである。

主にアムステルダム音楽院のフォルテピアノ科の学生が、学校の練習室が足りないときにここで練習させてもらえた。時にはレッスンにも使われていた。

それ以来私もたまにさらいに行っていた。
アンサンブルでほかのミュージシャンと来ると、皆すごく驚く。
「なんだ、この場所は!すごい!」

アトリエってそもそも木の香りがして、木屑が散って、様々な道具が器用にスペースを使って収納されて、職人さんの聖域みたいな所である。楽器メーカーさんのアトリエを訪れるのはいつもわくわくする。道具を見て、わかるわけでもないけれど、職人さんの器用さってきゅんとするものがある。

前置きが長くなったが、この小さいスペースで15人まで限定のコンサートを2回行った。
目的はより多くの方にこのコレクションの存在を知ってもらいたいこと。今後の生き残り方を模索する中、経済的にもサポートしてくれる個人や団体、財団を探している。来てくださったお客さんもとても熱心にアトリエを見たり、話を聞いてくれた。

しばらく弾かれていなかった楽器を、調律していくうちに目覚めていく過程を体験するのは嬉しい。今回弾いたピアノDohnal(ウィーンのグランド、1830年頃のもの)は、学生時代よく練習に使われていた安定した楽器であったが、コンサートの前2ヶ月くらいには調律もとても不安定で鳴りも乏しかった。でも数回行くうちに、コンサートの2、3週間前には週に2、3回すこしづつ調律して、ピッチが次第に変化しなくなってきた。弾きこんで楽器も鳴るようになってきて、これが使われていないのは、もったいないなあ、というふうになる。
楽器が眠っていたのである。人知れず埋もれている楽器がゆっくりと元気になり、コンサートでスポットライトを浴びる瞬間。ピアノのためにもやってよかったなあ、と思った。

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WORMでのコンサート

WORMでのコンサートは12月4日に無事終了。
今回のプログラムはお琴の後藤真起子さんとの再共演もあり、琴、フォルテピアノ、電子音楽、チェロ、バスクラリネット、そしてシンバルの即興演奏家という組み合わせ。

真起子さんとは5月に私達のデュオのために作曲された Anna Mikhailova の ‘Shogi. White dragon.’を再演。他には箏曲の「六段」を琴とフォルテピアノで二重奏してみたが、これが賛否両論。(以前にやったときもだったなあ。。。)音の響き的にはこの楽器の組み合わせはとてもきれいと思うのだが、日本の音楽は私にとって、とても難しい。日本人として恥ずかしいが、これは「てんとんしゃん〜」と声で唱えるところからちゃんと習わないといけないのだろう。「六段」という音楽がなかなかつぼを理解できないのだ。あとはピッチがピアノでは揺らせるテクニックはないのでお琴のよう、ではない。ピアノのドレミとは違って琴は微妙に違う音高になっていることもある。真起子さんは、「そのズレがいいのよ」と言ってくださるが。。。日本の音楽はわざとアンサンブルもずらし気味に弾いたり、自由でいいという。

尺八とフォルテピアノという作品を演奏させていただいた時にも、作曲家の言葉として、「きちんと合わせようとしないでください」と何度も言われた。

その日は他にベートーヴェンのソナタ作品49−2の一楽章を私がフォルテピアノで弾き、Gilius van Bergeijk氏のこの作品をもとにした電子音楽作品がテープで流された。「ピ、ポ、バ、ピ、ポ・・・・」音の高さが全く違うが、リズムはそのままで、宇宙から来た音みたいだった。

他に、シンバル演奏家は小型のシンバルに、ケーキのデコレーション(ピンクや白のお砂糖の粒?)や小さいアルファベットパスタを上から降らせて落として、そのサウンドで作られた不思議な世界は微妙な音のグラデーションだった。

そしてHuib Emmer作曲の出演者全員で演奏できる フランツ・リストの「灰色の雲」の編曲で幕を閉じた。ピアノソロの原曲よりも壮大な感じになっていた。

アバンギャルドに慣れているWORMのお客さんにとっては、とってもクラシックなものが聞けたプログラムであったが、クラシックばかり普段聞かれる方にとっては、ハテナ???もあったかもしれない。即興演奏や現代音楽、コンピューター音楽では「音楽」や「曲」というよりも、どんな材質から出る音、どんな波長の音、音そのものが本質的になってきて、自分もFACESでの活動などで即興に触れる機会も増えてきたこの2、3年、音の違う聞き方を学んでいるように思う。

WORMの建物の中の壁と天井は、廃品利用で飛行機の窓の部分が使われている。
座席も飛行機の座席で、昔のタバコの灰皿つきであった。
廃品利用のほうが、現在では高くついたりするそうだ。

これはプラスチックのタンクを使ったトイレ。中に入ると半透明でちょっと落ち着かないかも。。。


建物内のカフェ。

出演者とお客さんのために、ベビーシッターが用意されていたが、WORM内にすごい数のぬいぐるみのスペースが用意されていてそこで子供達が遊んでいた。これには圧倒された。。。

シチリアの調律騒動

先週は4日間、イタリア、シチリア島で過ごした。
チェファルという町でギターのダリオ・マカルーソと演奏会があり、シチリアに住むダリオにしょっちゅうは会えないので、様々な曲のリハーサルも予定して余裕をもって木曜日の到着だった。

出発前日に、リハは金曜日とコンサート当日の土曜日の9時から午後4時までできるようだと聞く。到着した木曜日の午後は私のフリーな一日となり、強い日差しの中で美しい町並みと海、静かな時間、雨降り続きで曇り空のアムステルダムとのギャップの大きさにゆっくり身体を慣らしながら、心を空っぽにして海岸で波を眺めていた。

金曜日の朝9時にホール前でダリオと待ち合わせ。
ダリオが「誰も来ないのでは、という予感がする」

そんな。。。?!何を言っているのだ。
オーガナイズの方が「リハーサルはできないよ」と一度言っていた、という話を聞いた。でもダリオがそれでは困る、とがんばりなんとか二日間の同意をした。

ところが誰も来ない。。。

ダリオがオーガナイザーに電話して、地元のホールのドアを開けてくれる人に連絡を取る。なんとか連絡がついて、10時頃に開く。

ピアノを見ると、修復したてのような、ぴかぴかの外装のJosef Simon がカパーをかけられてステージの片隅にあった。鍵盤は開いたが、鍵がかかっていて調律をする部分のピアノのふたは開かない。どうやって調律するの?

Josef Simon (ca 1840) Viennese piano

しばらくしてホールのステマネ(?)のおじさんが鍵を見つけてくる。

低音がとても狂っており、いくつかの音は半音ほど違う。
ピアノの調律は?

「カオル、ピアノの調律は今日の4時に来るって」

だってリハーサル4時まででしょう?!?!

狂ったピアノでは2、3時間弾くのが集中力の限界だった。
狂った音をタッチしないように、一オクターブあげてみたり、音をぬかしたりしているうちに音楽に集中できなくなる。ダリオも私も絶対音感がなく、ピッチがわからない!
430よりは高いような気がする。ダリオは430に合う、弦を持って来ていたのにそのピアノの鳴りに合わないようで、さらに狂っているので神経にさわるようだ。

また半日フリー。。。。


劇場の客席に面したドアを開けると、直、海!

こんどはマンドラリスカ美術館やドゥオモも見る。でもあまり歩くと疲れるので、早めに夕食。アパートに戻り、子供のマフラー編みに集中。。。
こういう時、本を読む気もしなかったり、観光する気もなく自分の家でない場所で過ごすのに、編み物はびったりの新しい趣味である。

その日の4時に来た調律師は実は地元に住むピアニストで、調律もできる、という方だった。次の日に1時頃から30分ほど演奏するので、調律をしてその後ヴァイオリンとリハーサルするという。だから土曜日は1時半頃から使っていいよ、と。

ということは結局コンサート当日の1時半からの数時間が私達に残された時間。
でもまあ、新しい曲は一曲だけであったので、なんとかなるだろうか。

1時前頃に行って、そのミニコンサートをチェック。
ひどくピアノが狂っている〜〜〜〜〜

なんだか心が乱された。
彼の演奏後、直談判に行く。「お願いだから、調律ハンマーを貸してください。このピアノで私達のコンサート、今晩するのは不可能です」

「でもボクこのハンマーこれから使うから貸せないの」
「それでは困ります!」
「1、2時間でもいいから、使わない時間があったら、貸してくれませんか?」
「じゃあ、5時に取りにくるから、それまで使っていいよ」

彼も調律がひどいことはわかっているらしいが、目の前でちょっとまって、と直していた一音もオクターブが合わないままで、さらに中から高音域は昨日よりひどい。
「今ホールに人が入っていて気温が上がり、湿気もあがっているからすぐに調律しないほうがいいよ」と。

その通り。。でもダリオがくる前に少しでもまともにしておかないとまたリハにならないので、調律から始める。1時間半集中。。。。6オクターブ半の慣れない楽器とハンマーな上、最初の1オクターブの割り出しもなかなか安定せず、時間がかかる。終わってから気がついたが、ピンが緩んでいる音がいくつもあり、調律しても戻ってしまう音もある。でも昨日よりはマシな状態に一度戻す。付け加えると、すべてのA(ラの音)が違い、どのピッチが430なのか分からず終いで、彼が昨日合わせたという真ん中のAにあわせた。

ダリオと3時半から1時間ほどあわせると、ピアニストの彼がハンマーを取りに戻ってきた。ちょうどピアノもまた狂い始めた音もあり、待っていてもらって15分だけひどい音だけ直す。

でもでも、、、これでやるしかないのか?!

20ー30分もう一度いくらかリハをして、さあもう着替えなきゃ。。。

開演15分ほど前に、オーガナイザーグループのエレガントな老紳士や関係者が次々とご挨拶に来られた。4人くらいは来られただろうか。
心の中では「お願いだから集中させてくれ。。。。。!」

コンサートはテンションをあげて、集中して演奏。
お客様もまあまあ入り、キャパ200ほどの劇場の一階席はほぼ満席のようで良い雰囲気のコンサートになった。とても喜んでいただくことができアンコールも一曲演奏。

ただ狂った音はもうどうにもできない。

プログラムの後半になりもっとひどくなってきた低音もいくつかあった。

ピアノという楽器は調律ハンマーがないとどうにもできないところが非常に不便でもある。

でもでも、この企画はどうなのでしょうか?!

とくにオリジナルの楽器の場合、保存状態と何ヶ月も弾かれていないのか、使われているのかによって大きく変わる。後から知ったのは、数ヶ月間誰も弾いていないフォルテピアノであった。オリジナルで演奏会がある場合は、最近弾かれていない楽器、ということもあるので、早めにいって楽器と知り合い、目覚めさせて、お友達になってから演奏会に望みたい。できれば、リハーサルを始める前に一度調律しておいてもらいたい。。。。そして演奏会の直前にも。これは贅沢だろうか?!

調律師が手配されなくても調律ハンマーがこの町にあったのならば、わかっていれば自分で木曜日に一度調律することもできた。(したいわけではないが、狂ったピアノよりはいい)

企画の方々は挨拶に来られて「調律のこと、アイム・ソーリー。」口々に話していた。チェファルでの毎日は怒る気にもならず、自分の集中力が乱されないように必死だった。滞在して素晴らしい町も見ることができた。120年ほど前に建てられたという会場は、劇場で素晴らしかった。裕福な町なのだろうか。調律が、、、と真剣にかけあったところで「のれんに腕押し」みたいなことは目にみえる。シチリアには独特な時間が流れていて圧倒的な島のパワーみたいなものがあって、許してしまうというのか、あちらのテンポにあわせるしかないのである。

ヨーゼフ・シモンは修復された、素晴らしい楽器だった。きちんと調律した状態で聞いてもらえなかったのがとても残念である。またぜひ再会したいなあ。

この4日間で完成した息子へのマフラーがもう一つのひそかな喜びであった。

コンサートのドタキャン

昨日のロッテルダム、WORMでのコンサートはまさにドタキャン。
リハーサルのため会場に到着10分前に電話が。。。
「今日のコンサートはやらないことになったよ」

え?!?!

信じがたいのと電車の中で高まって来た緊張感がどこへ行ったらいいのかわからない。

理由は、新しい場所に移転したWORM が、建物のチェックや様々な許可が金曜の夜に警察官が見に来ておりたけれど、それを書類にもらっていない限りは何もやっちゃだめ、、、とのこと。

土曜日のパフォーマンスも直前キャンセルになったらしい。

土曜日の午後に移動した私のフォルテピアノは使われないまま、日曜日にUターンした。もっと早く教えてくれーー!!!

お客さまへのお知らせなどでしばらくどたばたしたが、皆で経費でお茶させてもらい、わーっとしゃべって心をおさめた。
それにしても、どんなことになってるの!? 
面白い企画が多い場所なので気に入っていたけれど、これはスキャンダル。。。

「今日のコンサートキャンセルになったの」とその日に何人かに話したが、二人のオランダ人が「え?天気がいいから?」と反応。

二人もです。今週は最後の夏日のような24度−26度という快晴の日が続いた。
太陽が出ると、オランダ人は真っ先に日光浴のため外に出たり、カフェのテラスでビールを飲むのが普通なので、それでコンサートに行くのをやめるお客さんが多すぎて中止になったのだろう、という推測からくる反応である。

新しい日程でプログラムは上演予定なので、無事に演奏できることを祈る。

スクエアピアノ・デー

アムステルダムで6月末から7月初めにかけて ‘Amsterdam Virtuosi 2011’ という室内楽フェスティバルが Geelvinck Hinlopen 博物館であり、6月25日の話になるが。。。。「スクエアピアノ・デー」というスクエアピアノに焦点を置いた日があった。なんてマニアックなお祭り、、、でもイギリスのフィンチコックス博物館などは、同じくスクエアピアノに焦点を置いた、もっと本格的な催し物を今年4月にしていた。

スクエアピアノとは:ドイツ語、オランダ語では tafelpiano (テーブルピアノ)と呼ばれる、一見テーブルのような長方形をした、ピアノ。

昨年からスェーリンク・コレクションというアムステルダムにあるフォルテピアノのコレクションの委員となり、そのコレクションの楽器が数台置かれているGeelvinck 博物館では何かとお手伝いをさせてもらっている。この日はコンクールの審査員と新曲発表のプレゼンテーションに参加。

まずはスクエアピアノの演奏コンクール。
第一回目の開催なので、出演者がいるのか?という心配があったが、4人のフォルテピアノの学生、または卒業生が参加。年齢制限もなく、演奏曲目も自由だったので趣味の方が来るかもしれない、、、と思いきや、専門に勉強した演奏者ばかりで、4人4様の選曲、楽器へのアプローチがあり、とても面白かった。
楽器は4台のスクエアピアノがあった。

審査員はほかに、ウィレム・ブロンズ氏、スタンリー・ホッホランド氏、ミヒャエル・ツァルカ氏。私にとってフォルテピアノのコンクールの審査員というのは、初めての経験だったので、審査のディスカッションはとても興味深かった。

私の中では、これは「フォルテピアノの」コンクールなので、普通のピアノとは違う古楽器に合うタッチで弾いて欲しいという気持ちがあった。そして、その楽器の音色をどう引き出せるか。音楽性、技術(ヴィルトゥオージティ)という点ももちろん大事で、その兼ね合いは、本当に難しいと思う。

初対面の審査員のミヒャエル・ツァルカさんが素晴らしい音楽家で、さらに自分の感覚ととても近く参加者についていろいろとお話できたことが、とても素晴らしい経験であった。

夜には、スクエアピアノのために新曲を作曲してもらう、という作曲家のためのコンクールがあった。8曲の応募作品があり、そのうちの6曲が演奏された。

その時のダイジェスト版はこちら。
youtube ‘square for future’ (composition concours)

女性作曲家二人が一位を分けた。

古楽器で演奏することの意味、なぜ普通のピアノでできるのにこの曲をわざわざ古楽器で、、、など様々なディスカッションは古楽の盛んなオランダでも行われる。

作曲コンクールは、そんな視点ではなく、作曲家が特定のこのスクエアピアノのために作品を作ろう、と思いその特性にあった音楽を作る。出来上がった作品は、特別な調律を要求するようなモダンピアノでは不可能なものであったり、お琴との組み合わせの音色などは、モダンピアノではまったく別の印象の作品になる。

楽器の「個性」を最大限に使って作品を書いてくれた作曲家に、ありがとう、、、と伝えたい。この楽器でしかできないことを、したよ、と。
存在する曲を演奏するのでなく、オートクチュールで新調されたドレスみたく、楽器にしっくりくる音楽がクリエイトされたことに感動した。

楽器の魅力を感じてこのフェスティバルの動機に賛同して、日夜準備し続けたオーガナイザー、スタッフ、作曲家、演奏家と皆の情熱と貢献に拍手、、、

来年もこのフェスティバルが開催され、たくさんの方にこの楽器の魅力を知っていただけたら、と思う。日本では見ることはもちろん、音色が聞けることというのは本当にまれであると思う。眠っているスクエアピアノが日本にあったら、ぜひ眠りから覚まして、その美しさをお披露目してもらいたいと思う。

コンサート中のハプニング

日曜日のオランダのドレンテ州にある町、メッペル(Meppel)でスタバト・マーテル(ペルゴレージ原曲ーバッハ編曲版)のランチコンサート。
この4月はカメラータ・アムステルダムという室内オケの通奏低音で参加させてもらっている。

スタバト・マーテルの最後の楽章 ’アーメン’ でホール内の照明が消えた!!
一瞬ざわついて、、、でも「ここで止まってはいけない、、、、」とできる限り弾き続ける。
幸い同じフレーズを違う調で繰り返すような部分だったので、なんとか最後まで行き着いた!2、3分だったか。

皆ちょっと間違いながらも、、、。ソプラノとアルトの二人は「アーメン」の歌詞のみだったから、グッドタイミングなハプニングだった。
もしもっと曲の真ん中で照明が消えていたら、、、コンサートを終了できなかった欲求不満で夜眠れなかったに違いない。

原因はメッペルの町中で起こった停電。

お客さんも、ステージの音楽家12人あまりも終わると同時に、大爆笑となり、大きな拍手をいただいた。

こういう経験数回したよ、、、というコンバスのロシア人ボリスや、指揮者もチェリストもこんなのは初めての経験だ、、と様々。

あー、びっくりした;;;

先週のコンサート

この日はチェロのニーナ・ヒッツとのデュオコンサート。
日本の大惨事から気持ちが沈んだまま、、、。
演奏会の前に皆で1分間の黙祷をささげる。皆の温かい気持ちが、大きなエネルギーの波みたく、力強い時に感じた。

被災者の方々には早く、平和な時が戻るように、心の安らぐ温かいところで眠れるように、一生懸命祈りたい。
失ってしまったたくさんの戻らない命。仕事や家を失ってしまったり大変な避難生活にある方に、心よりお見舞い申し上げます。
皆で気持ちを合わせて、協力しあって危機を乗り越えて行こう!

演奏会の後に集まった教会への寄付、全額301ユーロ80セントが、この教会を通して、日本にある支部、エヴァンゲリスト・ルター派の教会へと送られることになり、嬉しい。

コンサートは、、、飛行機のラッシュアワーか、風向きのせいか、次から次へと、頭上をわたる騒音。。。でも重苦しいイントロのベートーヴェンのチェロソナタ第2番から、最後のチェロとピアノの変奏曲変ホ長調の明るい、愛に満ちたテーマに向かって、冬から春の希望に向かうプログラム構成になった。タイトル「春のそよ風」のように。

3月26日(土)にオランダ、ハーグ市にて、’Play for JAPAN’ というチャリティーコンサートが開かれる。
ハーグ在住の音楽家を中心に企画されており、現在すでに百数十人の予約が入っている。私も日本歌曲を2曲伴奏してお手伝いさせてもらえることになった。主人が司会進行を勤める。お近くにお住まいの方はぜひいらしてくださいね!

place: Church of our Saviour
address: Bezuidenhoutseweg 157, The Hague

start: at 20:15
ticket: 10 euro ( for Japan)
reservation e mail: playforjapan.denhaag@gmail.com

contents: lots of music and a dance performance by Japanese and non Japanese performers, moment to pray together etc.
(Baroque ensemble Dionysus consort, Wishful singing, Japanese traditional music)

presentator: Daan de Koreaan

Museum N8 ーミュージアム・ナイトー

ミュージアムナイトとは、アムステルダム中の45の博物館が夜の7時から夜中の2時という普通ではない時間に開館して、多くの人が、夜のミュージアムの様々な催し物を楽しむ。だいたい11月の最初の週末にある。

その昔には、国立博物館のレンブラントの「夜警」の前で踊る、ディスコが催されたりもあったそうだ。。。
そんなことがあり得るなんて!
オランダ人の寛容さには本当に頭が下がる。。。

私は今回、Geelvinck Hinlopen ハウスでのリラピアノ演奏をさせていただく機会に恵まれた。

この博物館には、スウェーリンク・コレクションという、アムステルダム音楽院でも使われているフォルテピアノのコレクションより、貸し出しという形で、館の中に展示品として、または生きた演奏会に実際に使われる楽器として数台のフォルテピアノが置かれている。リラピアノは、最近修復が終わり、この博物館の「図書室」に見事に収まっている。

図書室は昔のオランダらしく、本棚が天井まで高く作り付けられ、壁中に本がある。
その合間の本がない壁の一面に、美しい壁紙をバックに、リラピアノが置かれている。高い天井からかかった重みのあるカーテン、大きな窓からの景色は運河沿いの通り。

あまりのしっくりさに、最初は感動した。
ピアノに「おめでとう!良いところにもらわれてよかったね!!」と話かけてしまうほどであった。

この博物館はもともと裕福な一家が住んでいた家で、19世紀頃の調度品を中心に、アンティーク家具や美術品に溢れている。中庭も素晴らしいので、観光で来たらぜひおすすめの場所である。

館で働いている、ボランティアの方の手作り衣装にて演奏した。
オランダの昔の布を再現した布で作られている。

8時頃になると、たくさんのお客様で和気あいあいとなり、天井は高いがそう広くもない図書室にはリラピアノは十分のヴォリュームであった。アムステルダムの夜のお祭りを楽しんだ。

風車でのコンサート

17日にアムステルダムの北地区にある風車の中のホールにて、リサイタルをした。

1772年、ちょうど若きベートーヴェンが、ウィーンへの留学に出発した年に建立された風車で、チョークのもとになる石(?)を風車ですりつぶして、チョークを製作していた風車である。

その風車がガラス越しに見えるように、小さなスペースが隣接されており、居心地の良いお庭と、その隣の家にいるクジャクやヤギの動物達がのどかな雰囲気を醸し出す。
天井の高い木目の壁、床、バックのガラスの壁と音響もとても温かく響いた。

60名程のほとんどオランダ人というお客さまも会場の「ダッチさ」に喜んでいた。

「5オクターブの中のベートーヴェン」というシリーズのプログラムで、私のシュタインモデルの楽器5オクターブで演奏できる曲で構成。この機会に、初期の作品2−3のソナタを再び勉強したことは、本当によかった。
 
アルカホリックの父は子供達の世話もできず、16歳で母を亡くしたベートーヴェンが、やっとウィーンで音楽の勉強できた喜び、ハイドンにレッスンを受けられた喜び。
躍動感のつまったハ長調のこのソナタは、恩師ハイドンに捧げられている。

その数年後に作曲した「悲愴」のハ短調は、なんと重苦しい助奏があることか。
すでに耳の異常を感じ始めた、苦労の多いベートーヴェン。

シンプルなフォルテピアノで、ベートーヴェンのストレートな表現をぜひ聞いて欲しいと思う。
たくさん音が重なるとフォルテの厚い和音、右手一声になると弱音でのメロディー、ハイドンやモーツァルトに聞こえてくる、古典派のスタイルがそのまま。フォルテピアノで軽快に弾ける小粋な装飾音。
ベートーヴェンのパッションは楽器を上手に、最大限に使用して表現されている。

楽譜は左から右に読むからか、ピアノを弾いていると、音楽は左から右に流れていくような気もする。(または音符が右に現れて左に消えていく)
でも鍵盤は垂直に打鍵。弦は平行に視界に入る。
出てくる音は垂直、だけでなくあらゆる方向に広がる。
そこにハーモニーの色があったり、鋭いリズムがあったり、音楽は本当に抽象的で、立体的で、つかむ事もできず不思議な、でもたくさんの「気」がつまっていてパワーのあるものである。

自分が音楽を奏でて、人に音の振動が伝わっていくのかと思うと、心地よいもの、美しいもの、温かいもの、パワフルな物、たくさんのよいものを届けられるようでいたいなと思う。