フィンランド、クオピオへ

この春、良いニュースをいただいた。

8月のフィンランド、クオピオ市におけるリサイタルとマスタークラスに参加するために、朝日新聞文化財団より助成金をいただけることになった。

クオピオ市で、歴史的鍵盤楽器のフェスティバルが行われている。

Nordic Historical Keyboard Festival

8月14日から23日の間、クラヴィコード、チェンバロ、オルガン、フォルテピアノでのソロやアンサンブルの演奏会が毎日、計22回、そしてマスタークラスも開かれる。アメリカやメキシコからも演奏者が来るそうだ。そんな国際的な場に招待され、マスタークラスはレッスンを行うという貴重な経験。

このフェスティバルは現代音楽にもオープンで、今年は4曲の世界初演が行われるそうだ。

私はシュタインモデルの楽器にてソロリサイタル。

クラシックな作品に加えて、マルドナド氏の現代曲も披露する。

マルドナド氏の作品は以前演奏した事があり、作曲家にもミラノに会いにいき、録音を聞いてもらった。

いつか私のために作品を書いてくださる、と約束してくださってその日を心待ちにしている。

フォルテピアノはその当時の作品を演奏するのは楽しいのはもちろんだが、現代曲でも楽器の特性とマッチして「響き」として聴いてもらえたら古楽器での現代曲も素敵だ。

同じプログラムでアムステルダムにて7月21日に演奏予定。

自分のシュタインモデルのフォルテピアノで弾くので

お近くの方はどうぞ聴きにきてください♪

アトリエコンサート

前回のポストが「運河が凍った」とは、なんと怠けたことか。。。。ド反省。
春が来て、夏が通り過ぎ、もう秋。
たくさんのことがあり、毎日飛ぶようにぎっしりとした時間が過ぎていった。

6月のことになるが、大事な催し物だったので書きたい。

アトリエコンサートをチェロのNina Hitz とヴァイオリンのHeleen Hulstと企画。昨年始めより、スェーリンク・コレクションという元はRien Hasselaar (リン・ハスラー)氏の所有だった楽器のコレクションの運営委員の一人にならないか、と言われてお手伝いすることにした。

ハスラー氏は2000年に突然他界され、そのあと公の団体として、彼の100台近くにのぼる、スクエアピアノやたんすに見えるようなオルガン、そしてグランド型のフォルテピアノの数々、仕事場のアトリエの機材や道具、修復のためのマテリアル、等がそのまま保存されている。

今ある場所がアムステルダムの街の中、運河沿いの一等地の4階という隠れた場所にある。
だいたいそんな高いところに、どうやってたくさんのピアノを運び込んだか。。。
これはオランダ人の得意とするところである。

入り口は日本でいう4階なのだが、中に入るとさらに3層の階になっていてかなり広い。
寝せて並べられたスクエアピアノを含め25から30台の楽器がここにある。
ほとんどに白い布がかぶせられたまま、まるで墓場のような印象である。

このコレクションは、長いこと教育にも携わったリンさんが、教育に役立てて欲しいという当時からの願いより、アムステルダム音楽院のフォルテピアノ科の学生が勉強に使わせてもらっていた。自分も含め、オランダのアムステルダム音楽院でフォルテピアノを主科、副科で学んだピアニスト達が練習していた楽器である。

音楽院がアムステルダム駅近くに引っ越しをした2008年、旧校舎には大きな部屋が二部屋と、修復などに使われていた部屋があったのに、新校舎内にはフォルテピアノを保存する博物館的な場所は設計に含まれておらず、行き場がなくなった。

そして、Rijswijkという町の貸し倉庫に約40台の楽器が行くことになり、現在にいたる。
数台の楽器が、Geelvinck Hinlopen huis という博物館に貸し出しをされ、演奏会にも使われている。そこでも私も様々なお手伝いをさせていただいている。

リンさんが生きていた当時からの面影が残っているのが、彼の自宅兼仕事場であった、このアトリエである。その後、一度楽器の修復がアトリエで成されたきりで、アトリエはほとんど使われておらず、ピアノのほうは、許可を得た元学生が時々練習に訪れるのみである。

主にアムステルダム音楽院のフォルテピアノ科の学生が、学校の練習室が足りないときにここで練習させてもらえた。時にはレッスンにも使われていた。

それ以来私もたまにさらいに行っていた。
アンサンブルでほかのミュージシャンと来ると、皆すごく驚く。
「なんだ、この場所は!すごい!」

アトリエってそもそも木の香りがして、木屑が散って、様々な道具が器用にスペースを使って収納されて、職人さんの聖域みたいな所である。楽器メーカーさんのアトリエを訪れるのはいつもわくわくする。道具を見て、わかるわけでもないけれど、職人さんの器用さってきゅんとするものがある。

前置きが長くなったが、この小さいスペースで15人まで限定のコンサートを2回行った。
目的はより多くの方にこのコレクションの存在を知ってもらいたいこと。今後の生き残り方を模索する中、経済的にもサポートしてくれる個人や団体、財団を探している。来てくださったお客さんもとても熱心にアトリエを見たり、話を聞いてくれた。

しばらく弾かれていなかった楽器を、調律していくうちに目覚めていく過程を体験するのは嬉しい。今回弾いたピアノDohnal(ウィーンのグランド、1830年頃のもの)は、学生時代よく練習に使われていた安定した楽器であったが、コンサートの前2ヶ月くらいには調律もとても不安定で鳴りも乏しかった。でも数回行くうちに、コンサートの2、3週間前には週に2、3回すこしづつ調律して、ピッチが次第に変化しなくなってきた。弾きこんで楽器も鳴るようになってきて、これが使われていないのは、もったいないなあ、というふうになる。
楽器が眠っていたのである。人知れず埋もれている楽器がゆっくりと元気になり、コンサートでスポットライトを浴びる瞬間。ピアノのためにもやってよかったなあ、と思った。

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シチリアの調律騒動

先週は4日間、イタリア、シチリア島で過ごした。
チェファルという町でギターのダリオ・マカルーソと演奏会があり、シチリアに住むダリオにしょっちゅうは会えないので、様々な曲のリハーサルも予定して余裕をもって木曜日の到着だった。

出発前日に、リハは金曜日とコンサート当日の土曜日の9時から午後4時までできるようだと聞く。到着した木曜日の午後は私のフリーな一日となり、強い日差しの中で美しい町並みと海、静かな時間、雨降り続きで曇り空のアムステルダムとのギャップの大きさにゆっくり身体を慣らしながら、心を空っぽにして海岸で波を眺めていた。

金曜日の朝9時にホール前でダリオと待ち合わせ。
ダリオが「誰も来ないのでは、という予感がする」

そんな。。。?!何を言っているのだ。
オーガナイズの方が「リハーサルはできないよ」と一度言っていた、という話を聞いた。でもダリオがそれでは困る、とがんばりなんとか二日間の同意をした。

ところが誰も来ない。。。

ダリオがオーガナイザーに電話して、地元のホールのドアを開けてくれる人に連絡を取る。なんとか連絡がついて、10時頃に開く。

ピアノを見ると、修復したてのような、ぴかぴかの外装のJosef Simon がカパーをかけられてステージの片隅にあった。鍵盤は開いたが、鍵がかかっていて調律をする部分のピアノのふたは開かない。どうやって調律するの?

Josef Simon (ca 1840) Viennese piano

しばらくしてホールのステマネ(?)のおじさんが鍵を見つけてくる。

低音がとても狂っており、いくつかの音は半音ほど違う。
ピアノの調律は?

「カオル、ピアノの調律は今日の4時に来るって」

だってリハーサル4時まででしょう?!?!

狂ったピアノでは2、3時間弾くのが集中力の限界だった。
狂った音をタッチしないように、一オクターブあげてみたり、音をぬかしたりしているうちに音楽に集中できなくなる。ダリオも私も絶対音感がなく、ピッチがわからない!
430よりは高いような気がする。ダリオは430に合う、弦を持って来ていたのにそのピアノの鳴りに合わないようで、さらに狂っているので神経にさわるようだ。

また半日フリー。。。。


劇場の客席に面したドアを開けると、直、海!

こんどはマンドラリスカ美術館やドゥオモも見る。でもあまり歩くと疲れるので、早めに夕食。アパートに戻り、子供のマフラー編みに集中。。。
こういう時、本を読む気もしなかったり、観光する気もなく自分の家でない場所で過ごすのに、編み物はびったりの新しい趣味である。

その日の4時に来た調律師は実は地元に住むピアニストで、調律もできる、という方だった。次の日に1時頃から30分ほど演奏するので、調律をしてその後ヴァイオリンとリハーサルするという。だから土曜日は1時半頃から使っていいよ、と。

ということは結局コンサート当日の1時半からの数時間が私達に残された時間。
でもまあ、新しい曲は一曲だけであったので、なんとかなるだろうか。

1時前頃に行って、そのミニコンサートをチェック。
ひどくピアノが狂っている〜〜〜〜〜

なんだか心が乱された。
彼の演奏後、直談判に行く。「お願いだから、調律ハンマーを貸してください。このピアノで私達のコンサート、今晩するのは不可能です」

「でもボクこのハンマーこれから使うから貸せないの」
「それでは困ります!」
「1、2時間でもいいから、使わない時間があったら、貸してくれませんか?」
「じゃあ、5時に取りにくるから、それまで使っていいよ」

彼も調律がひどいことはわかっているらしいが、目の前でちょっとまって、と直していた一音もオクターブが合わないままで、さらに中から高音域は昨日よりひどい。
「今ホールに人が入っていて気温が上がり、湿気もあがっているからすぐに調律しないほうがいいよ」と。

その通り。。でもダリオがくる前に少しでもまともにしておかないとまたリハにならないので、調律から始める。1時間半集中。。。。6オクターブ半の慣れない楽器とハンマーな上、最初の1オクターブの割り出しもなかなか安定せず、時間がかかる。終わってから気がついたが、ピンが緩んでいる音がいくつもあり、調律しても戻ってしまう音もある。でも昨日よりはマシな状態に一度戻す。付け加えると、すべてのA(ラの音)が違い、どのピッチが430なのか分からず終いで、彼が昨日合わせたという真ん中のAにあわせた。

ダリオと3時半から1時間ほどあわせると、ピアニストの彼がハンマーを取りに戻ってきた。ちょうどピアノもまた狂い始めた音もあり、待っていてもらって15分だけひどい音だけ直す。

でもでも、、、これでやるしかないのか?!

20ー30分もう一度いくらかリハをして、さあもう着替えなきゃ。。。

開演15分ほど前に、オーガナイザーグループのエレガントな老紳士や関係者が次々とご挨拶に来られた。4人くらいは来られただろうか。
心の中では「お願いだから集中させてくれ。。。。。!」

コンサートはテンションをあげて、集中して演奏。
お客様もまあまあ入り、キャパ200ほどの劇場の一階席はほぼ満席のようで良い雰囲気のコンサートになった。とても喜んでいただくことができアンコールも一曲演奏。

ただ狂った音はもうどうにもできない。

プログラムの後半になりもっとひどくなってきた低音もいくつかあった。

ピアノという楽器は調律ハンマーがないとどうにもできないところが非常に不便でもある。

でもでも、この企画はどうなのでしょうか?!

とくにオリジナルの楽器の場合、保存状態と何ヶ月も弾かれていないのか、使われているのかによって大きく変わる。後から知ったのは、数ヶ月間誰も弾いていないフォルテピアノであった。オリジナルで演奏会がある場合は、最近弾かれていない楽器、ということもあるので、早めにいって楽器と知り合い、目覚めさせて、お友達になってから演奏会に望みたい。できれば、リハーサルを始める前に一度調律しておいてもらいたい。。。。そして演奏会の直前にも。これは贅沢だろうか?!

調律師が手配されなくても調律ハンマーがこの町にあったのならば、わかっていれば自分で木曜日に一度調律することもできた。(したいわけではないが、狂ったピアノよりはいい)

企画の方々は挨拶に来られて「調律のこと、アイム・ソーリー。」口々に話していた。チェファルでの毎日は怒る気にもならず、自分の集中力が乱されないように必死だった。滞在して素晴らしい町も見ることができた。120年ほど前に建てられたという会場は、劇場で素晴らしかった。裕福な町なのだろうか。調律が、、、と真剣にかけあったところで「のれんに腕押し」みたいなことは目にみえる。シチリアには独特な時間が流れていて圧倒的な島のパワーみたいなものがあって、許してしまうというのか、あちらのテンポにあわせるしかないのである。

ヨーゼフ・シモンは修復された、素晴らしい楽器だった。きちんと調律した状態で聞いてもらえなかったのがとても残念である。またぜひ再会したいなあ。

この4日間で完成した息子へのマフラーがもう一つのひそかな喜びであった。

スクエアピアノ・デー

アムステルダムで6月末から7月初めにかけて ‘Amsterdam Virtuosi 2011’ という室内楽フェスティバルが Geelvinck Hinlopen 博物館であり、6月25日の話になるが。。。。「スクエアピアノ・デー」というスクエアピアノに焦点を置いた日があった。なんてマニアックなお祭り、、、でもイギリスのフィンチコックス博物館などは、同じくスクエアピアノに焦点を置いた、もっと本格的な催し物を今年4月にしていた。

スクエアピアノとは:ドイツ語、オランダ語では tafelpiano (テーブルピアノ)と呼ばれる、一見テーブルのような長方形をした、ピアノ。

昨年からスェーリンク・コレクションというアムステルダムにあるフォルテピアノのコレクションの委員となり、そのコレクションの楽器が数台置かれているGeelvinck 博物館では何かとお手伝いをさせてもらっている。この日はコンクールの審査員と新曲発表のプレゼンテーションに参加。

まずはスクエアピアノの演奏コンクール。
第一回目の開催なので、出演者がいるのか?という心配があったが、4人のフォルテピアノの学生、または卒業生が参加。年齢制限もなく、演奏曲目も自由だったので趣味の方が来るかもしれない、、、と思いきや、専門に勉強した演奏者ばかりで、4人4様の選曲、楽器へのアプローチがあり、とても面白かった。
楽器は4台のスクエアピアノがあった。

審査員はほかに、ウィレム・ブロンズ氏、スタンリー・ホッホランド氏、ミヒャエル・ツァルカ氏。私にとってフォルテピアノのコンクールの審査員というのは、初めての経験だったので、審査のディスカッションはとても興味深かった。

私の中では、これは「フォルテピアノの」コンクールなので、普通のピアノとは違う古楽器に合うタッチで弾いて欲しいという気持ちがあった。そして、その楽器の音色をどう引き出せるか。音楽性、技術(ヴィルトゥオージティ)という点ももちろん大事で、その兼ね合いは、本当に難しいと思う。

初対面の審査員のミヒャエル・ツァルカさんが素晴らしい音楽家で、さらに自分の感覚ととても近く参加者についていろいろとお話できたことが、とても素晴らしい経験であった。

夜には、スクエアピアノのために新曲を作曲してもらう、という作曲家のためのコンクールがあった。8曲の応募作品があり、そのうちの6曲が演奏された。

その時のダイジェスト版はこちら。
youtube ‘square for future’ (composition concours)

女性作曲家二人が一位を分けた。

古楽器で演奏することの意味、なぜ普通のピアノでできるのにこの曲をわざわざ古楽器で、、、など様々なディスカッションは古楽の盛んなオランダでも行われる。

作曲コンクールは、そんな視点ではなく、作曲家が特定のこのスクエアピアノのために作品を作ろう、と思いその特性にあった音楽を作る。出来上がった作品は、特別な調律を要求するようなモダンピアノでは不可能なものであったり、お琴との組み合わせの音色などは、モダンピアノではまったく別の印象の作品になる。

楽器の「個性」を最大限に使って作品を書いてくれた作曲家に、ありがとう、、、と伝えたい。この楽器でしかできないことを、したよ、と。
存在する曲を演奏するのでなく、オートクチュールで新調されたドレスみたく、楽器にしっくりくる音楽がクリエイトされたことに感動した。

楽器の魅力を感じてこのフェスティバルの動機に賛同して、日夜準備し続けたオーガナイザー、スタッフ、作曲家、演奏家と皆の情熱と貢献に拍手、、、

来年もこのフェスティバルが開催され、たくさんの方にこの楽器の魅力を知っていただけたら、と思う。日本では見ることはもちろん、音色が聞けることというのは本当にまれであると思う。眠っているスクエアピアノが日本にあったら、ぜひ眠りから覚まして、その美しさをお披露目してもらいたいと思う。

Museum N8 ーミュージアム・ナイトー

ミュージアムナイトとは、アムステルダム中の45の博物館が夜の7時から夜中の2時という普通ではない時間に開館して、多くの人が、夜のミュージアムの様々な催し物を楽しむ。だいたい11月の最初の週末にある。

その昔には、国立博物館のレンブラントの「夜警」の前で踊る、ディスコが催されたりもあったそうだ。。。
そんなことがあり得るなんて!
オランダ人の寛容さには本当に頭が下がる。。。

私は今回、Geelvinck Hinlopen ハウスでのリラピアノ演奏をさせていただく機会に恵まれた。

この博物館には、スウェーリンク・コレクションという、アムステルダム音楽院でも使われているフォルテピアノのコレクションより、貸し出しという形で、館の中に展示品として、または生きた演奏会に実際に使われる楽器として数台のフォルテピアノが置かれている。リラピアノは、最近修復が終わり、この博物館の「図書室」に見事に収まっている。

図書室は昔のオランダらしく、本棚が天井まで高く作り付けられ、壁中に本がある。
その合間の本がない壁の一面に、美しい壁紙をバックに、リラピアノが置かれている。高い天井からかかった重みのあるカーテン、大きな窓からの景色は運河沿いの通り。

あまりのしっくりさに、最初は感動した。
ピアノに「おめでとう!良いところにもらわれてよかったね!!」と話かけてしまうほどであった。

この博物館はもともと裕福な一家が住んでいた家で、19世紀頃の調度品を中心に、アンティーク家具や美術品に溢れている。中庭も素晴らしいので、観光で来たらぜひおすすめの場所である。

館で働いている、ボランティアの方の手作り衣装にて演奏した。
オランダの昔の布を再現した布で作られている。

8時頃になると、たくさんのお客様で和気あいあいとなり、天井は高いがそう広くもない図書室にはリラピアノは十分のヴォリュームであった。アムステルダムの夜のお祭りを楽しんだ。

リラ型ピアノ

少し前の話になってしまうが、リラ型のピアノの修復がほぼ完成したということで、試弾に行った。
この楽器はスェーリンクコレクション(Sweelinck Collectie)というアムステルダムにあるコレクションに属する楽器で、ヘールフィンク博物館に、貸し出され設置され、訪れる人の目を楽しませてくれていた。

昨年から博物館のオーナーがぜひこの楽器の音色を再現できるように、との強い希望で、Gijs Wilderomさんが修復をしていた。それが終わったということで、楽しみに行った。何せ、リラ型やキリン型というピアノは何度も見た事はあるのだが、それが演奏できる状態というのは初めてだった。ハイスの工房で見るたびに、この楽器どんな音がするのかなあ、と興味を持っていた。博物館のオーナーによると、ベルリンにリラ型ピアノコレクターがいるそうで、演奏もしているので、いつかぜひ訪ねてみたいものだ。

音色はとっても豊かで、ウィーン式ピアノの系統の音色。19世紀のSchleip というメーカー。

少し撮影をしたので、よかったらこちらを。
You tube ‘ Lyra piano”

とても背が高いので、調律するときに低音になるほどピンの位置が高くなる。
調律を少しさせてもらったのだが、なんと一本弦を切ってしまった。。。ハイス、ごめんなさい!
ピンが私には高すぎて、ハンマーをピンと垂直に保てないで廻してしまったようだ。
ハイスの長身ではラクラク。。。

面白かったのは、全面にかかっている絹の布が、これまでかかっていたのはエンジ色だったのだが、ハイスが違う色に変えた。(破けがあったため)それを変える前に最初に弾いて、変えた後にまた弾きに行ったとき、音色がこもった。
後から買った布がほんの少し厚かったみたいだ。でも最初のではうるさすぎる、という話もあるようなので、少し厚くした黄土色の布に落ち着きそうだ。

音色が座っている正面から来るので、「うわー」と顔に当たるような気もするのと、この縦型のせいで音が垂直に縦に渡り、鳴り響くのでヴォリュームが大きい。当時、この楽器はどんなところに置かれ、どんな人たちが聴いていたのだろうか。

11月のアムステルダムのミュージアムナイトに、夜から夜中2時までの間、何度か演奏させてもらえることになっている。
いろいろなことに想いを馳せて、この楽器のためのプログラムを考えるのが楽しみだ。

お琴とフォルテピアノの出会い

 
 この演奏会はフォルテピアノが演奏会で頻繁に使用されている、数少ない場所でもあるヘールフィンク・ヒンローペンハウスという博物館にて行われた。1787年製のブンテバルトというテーブルピアノに、19世紀初期のブロードウッドのテーブルピアノ、それに1848年のロンドンのエラールという3台が現在演奏会で使用可能である。元々は、アムステルダムのコンセルバトリーに常設してあった、スウェーリンク・コレクションというフォルテピアノコレクションからの楽器であったが、音大が引っ越しした後に楽器コレクションの置き場はなくなってしまったため、コレクションは現在ではいくつかの場所に分散してしまった。

 この博物館にもらわれた(置かせてもらっている)3台はとても幸運な楽器である。今では移って来た当時とでは比べ物にならないぐらい、命が甦り、声を発し、歌を歌えるようになった。最初の頃の半分眠った、ちょっとふてくされたような楽器が、笑顔になったように感じる。
 楽器の調整はまだする余地はあるが、フォルテピアノの学生から卒業生まで何度も演奏会に使われ、愛情を注がれて、17世紀そのままのような見事な内装の建物内で、絵のように美しく納まり、でも活きた音楽を奏でられている。

 
 現在3月末までの「日本展」の一環で、昨年ダイレクターの方に何か日本の楽器を取り入れた演奏会をしたいのだけれど、良い案はないかしらと相談されたのが始まりだった。最初は邦楽の演奏という案も紹介したのだが、結局フォルテピアノと共演してしまったらどうか、と思った。
 お琴はピッチの問題はA=410だろうが440ヘルツだろうが何でもすぐに変えることができ、調律法もフレキシブルであることがわかった。だが、まったく文化背景の違うところで育った楽器。デュオは可能なのだろうか?! という疑問で一杯だった。

 一柳慧氏の作品がすでに存在するらしい。それはエラールで演奏してみよう。
さらに、あと4ヶ月ほどしかないというところで、どなたかこのデュオのために作品を作曲してくださる方はいないだろうかと探した。オランダ人女性作曲家のミランダ・ドリーセンさんが約束できないけれど、実験的にぜひやってみたいと快くお返事してくださった。そして、曲が間に合った!

 ミランダの作品はテーブルピアノのために作曲してもらった。5オクターブの楽器で、ダンパーとリュートストップ、さらにテーブルの右半分の上部のふたが開閉できるタイプの楽器である。

 ミランダの作品はシンプルでコミカルなイメージが最初と最後の自由なダイアローグ的部分に挟まれている構成である。それぞれの楽器の奏法を生かした作品で、特に彼女の指定した調律法によって和音の響きが面白くなる!

 調律法は独特のもので、ここで全ては書かないがよくこういう調律法まで考えられるのだなあ、と感心するばかりである。
 

 ただ、、ただ、、、調律に約1時間はみる。。。前日にも一度、当日の朝と直前にもダブルチェックした。。。さらにこの調律法にすると、ハイドンのソナタは弾けなくなった。。。のでプログラムも実はこの作品をいただいた後に変更した。ドレミファソ、、、が普通のドレミ、、のようには鳴らない。

 一柳氏の作品とは全く違うキャラクターであり、どちらも演奏することによって、とても幅のあるプログラムとなった。

 リハーサルしてみると、お琴はとてもシャープな音から柔らかい音、爪を使うのも使わないのも可能、強弱もエラールのグランドピアノに負けないフォルティシシモからテーブルピアノにぴったりな音量にできたりと臨機応変。
「びーん」とか「じゃじゃじゃん、、、」という爪ではじく、腰の入った日本的な響きはかっこいい!

 結果、大好評に終わり、お琴とフォルテピアノの素晴らしい出会いの日はたくさんの方が聴きに来てくれて、皆で共有できたことがとても嬉しかった。特に、素晴らしい曲を作曲してくださったミランダ、ありがとう!

 

 (3月21日にミランダの曲は再演予定。同じ場所で4時から。25分くらいのプログラムなのでたくさんはできないが、もしご都合のつく方はどうぞ!プログラムの半分はオランダ人女優二人による「枕草子」劇である。)

エラールのテーブルピアノ

今回の演奏会は、シシリー出身のギタリスト、ダリオ・マカルーソとのデュオ。

使われたフォルテピアノは、フランスのエラールというメーカーの1805年製テーブルピアノである。

ペダルが4本あり、5オクターブ半の音域。

プログラムにはフランスものもあり、18世紀の通奏低音伴奏の作品にもわりとよかったので、私達のプログラムにはぴったりのものであった。

やはりオリジナルの楽器の音色は、楽器から漂う香りがある。ダリオもやはりオリジナルは味わいが良い、と気に入っている。ペダル2本は使えなかったがコンディションはまあまあ、でもタッチの調整はされていないようだった。

が、演奏会前日になり、雨の一日というお天気のせいか、調整の悪かった部分がさらにひどくなり、いくつかの音が出なくなってしまった。オーガナイザーに楽器の調整をお願いしたい、と頼んでおいたので、演奏会当日の朝、カリアリ市の楽器製作家、 Marco Carrerasさんが来てくれた。最初の日のリハーサルの時に、奇麗に調律されているなあ、と思っていたので、マルコさんは私の調整の希望をわかってくれるだろう、、と思っていた。そして念入りに丁寧につきあってくれて、楽器はずっと弾きやすくなった。カレーラスさんは、チェンバロも制作し、フォルテピアノもシュタインモデルを製作したそうである。

主に、弦からハンマーの跳ね上がる最高位置への距離がばらばらだったのが原因だったのだが、イギリス、ブロードウッドのテーブルピアノは18世紀のものでも、ねじがついていて、手で簡単に高さを変えることができたはずだった。でもエラールにはそのねじがなかったので、鍵盤の手前の方で固定してあるポイントに、薄い紙を入れたり出したりして調節した。

楽器調整中いくつかのイタリア語の単語を覚えた。。。

アルト(上に)、バッソ(下に)、ベーネ(良い)、ノン・ベーネ(良くない)、メイヨー(より良い)。。。

イタリア語はとってもメロディアスで、よどみなく流れるように聞こえる。

話せたらいいなあ、、、と強く思う。

Böhmのフォルテピアノ

前にも話題にでた、Gijs Wilderomさんの工房に、修復中のウィーン式フォルテピアノがある。

P8290220

最近、何度か弾かせてもらったが、とてもインスパイアされる楽器である。

数ヶ月前に弾かせてもらったときに今ひとつ鳴りに抵抗感があった。ハイスさんの中でもひっかかっていたらしく、ある部分を全部やりなおしたそうで、ずっとよくなった!楽器の修復の小さな作業は、すべての音にやりなおし、となると膨大な仕事である。でも、インスピレーションを信じてやりなおした決断はすばらしい。

なんて音楽的な楽器。というのは変な感想かもしれないが、思った音色が指先を通して、反応しやすく、しなやかにかえってくる。鳴りもとってもナチュラルになり、ウィーン式の軽さをもちながらも、スカスカしない「singing tone」のつまった音。

ハンマーシャンクに使用した洋梨の木は、オランダの果物畑といわれているBetuwe地方のものとのこと。

ポイントは、「蒸気処理をしていない木材」であることだそう。

18、19世紀のハンマーシャンクも梨の木はよく使われ、蒸気を通していないものであったらしい。そのほうが、強く、かつ、しなりがよく、強いタッチを受け止めて楽器を鳴らすのに、優秀らしい。そこで、蒸気を通してあると、微妙に木が柔らかく、楽器の鳴りにはマイナス点となる。

さて、この楽器はJoseph Böhm というウィーンのメーカーにほぼ間違いないと思われるが、ネームプレート(メーカーの銘柄の書いてあるボード)がない。

しかし、楽器の形、スタイル、ネームプレートのあるBöhmと比べることによってほぼそのようである。

もうひとつ証拠として、N.Y.のメトロポリタン博物館にあるBöhmとの共通点がある。

それは、楽器のメカニックを取り出したときに見ることができる、内蔵のベリーレイル(ピアノの内部、ハンマーのメカニックの背後にある支えの木材)に、鉛筆書きの「サイン」があった。

メトロポリタン博物館のBöhmとハイスさんの楽器の内部の同じところに同じ形のサインが!(下の写真のうち、上がメトロポリタン博物館の楽器。光っていて少し見にくいが、、確かにありました。)

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P8290222

ハイスさんによると、「合格」とか「オーケー」みたいな意味ではないかとのことである。

製作家Böhmが自ら、鉛筆でサインしたものかもしれないと思うと、ゾクゾクする。

リチャード・エガーのモーツァルトP協奏曲

8月5日。とっても久しぶりのコンセルトヘボウ大ホール。。。

なんともぼけていて、間違えて小ホールに入って席を探してしまった。

偶然小ホールでもフォルテピアノの演奏会で、舞台の上のフォルテピアノを見つけてすぐにはわからなかった。そちらはロナルド・ブラウティガムのベートーヴェンピアノソナタの夕べだった。

でも私が聞きにきたのは、リチャード・エガーのモーツァルトのピアノ協奏曲 KV 415 ハ長調。

オーケストラは NJO Orchestra of the 19th century!

18世紀オケではなく、19世紀オケ?

これは10日間の若い音楽家のためのプロジェクトで、これまで一度も古楽器を演奏したことのない人たちが、プロジェクト中に招待された指揮者とともに勉強して、演奏会で披露、というものだった。指揮者はリチャード・エガー。

最初はハイドンの交響曲第101番「時計」。

2楽章の有名な時計のチクタクをファゴットと弦楽器がを刻むところ、アーテキュレーションがくっきり聞こえて、ピッチや発音があやふやだと、とっても聞こえやすい。。。絶妙な緊迫感と温かみが伝わる。

3楽章のメヌエットは3拍子の音楽で、3拍目が次の小節を誘い、どんどん、どんどんと音楽が気持ちよく流れてゆく。3拍目から1拍目への緊張感、ときには2拍目のアクセント、、とハイドンのリズム遊びをすごく楽しんだ。

そしてモーツァルトのピアノ協奏曲。

リチャード氏が最近購入したGijs Wilderom の楽器にも興味があった。

Gijs ーハイスさんはずいぶん前からとってもお世話になっているフォルテピアノ修復家、製作家である。ハイスの楽器は、ずいぶん練習やトライアウトもさせてもらっていたのでよく知っていた。

あの大ホールでどう響くのだろうか。

・・・・・とっても自然に素直にリチャードの音色になっていた。

まだ製作されて何年も経っていないこともあるかもしれないが、私にはピュアなイメージがあった楽器だったので、ハ長調がぴったりだった。

ハ長調の性格*(18世紀頃には、各調性にはその響きの特徴から性格付けがされ、調性格論を唱える人たちがいた)と言われる「純真さ」と同時に「威厳のある感じ」が1楽章の Allegro poco maestoso (速く、少し堂々と)そのものだった。

リチャードの演奏はまるで、楽器を愛しくなでているようだったり、オーケストラと混ざり込んだ管楽器や弦楽器に溶け込む音色を出してみたり、いろいろなことを感興にまかせて試す。そして音楽への大きな愛がそのまま伝わってくる。大ホールの人たちの心を温かさで一杯に満たしてくれたと思う。

力強さはあっても決して、楽器を叩かない。大きい音楽の中にあっても、チャーミングな顔が見え隠れする。即興が次の楽章を導き、肩の力を抜いて自然に音楽できるところが、フォルテピアノの演奏として、モーツァルトの協奏曲の演奏として、いい感じだなあ、と思う。

プログラム最後のメンデルスゾーンの交響曲「イタリア」は速めのテンポでパワフルに流れていった。

古楽器にまだ完全に慣れていないオケのようだったが、指揮リチャード・エガーの音楽を堪能した。

やっぱり音楽はハートだなあ。。。